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【ドキュメンタリストの穴】第128回 生放送を終えて【鍋島惇】
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【ドキュメンタリストの穴】第128回 生放送を終えて【鍋島惇】

2023-12-30 20:00
    ドキュメンタリストの穴

    第128回のタイムシフト視聴は下記日時まで視聴可能!
    下記よりお楽しみください!
    (※2024年02月23日 23時59分59秒まで視聴可)



    INDEX

    ■about ニコニコチャンネル【ドキュメンタリストの穴】

    ■お知らせ

    ■from スタッフ二号

    ■現場写真

    ***************

    ■about ニコニコチャンネル【ドキュメンタリストの穴】

    <番組について>
    □ニコニコチャンネル【ドキュメンタリストの穴】(=通称【ドキュ穴】)は、「ドキュメンタリスト」専門の対談番組です。毎回様々なジャンルのドキュメンタリー・劇映画や表現者たちをゲストに招き、心の深淵と作品について話し合います。


    <生放送>
    □月1回・2時間程度の対談生放送を予定しています。


    <ブロマガ>
    □最新情報・生放送の予定といった「更新情報」のほか、毎回の対談に併せた「対談の感想」「編集後記」などが配信されます。


    <料金>
    □【ドキュメンタリストの穴】のすべてのサービスをお楽しみいただくにはチャンネル入会が必要です。「月額330円」ですべてお楽しみいただけます。


    <チャンネル会員・非会員のサービスの違い>
    □対談生放送の【前半部分は無料】チャンネル会員・非会員どなたでも視聴可能です。
    □対談生放送の【後半部分から有料】チャンネル会員のみ、対談の続きが視聴可能です。

    □ブロマガの「更新情報」は無料です。チャンネル会員・非会員どなたでも閲覧可能です。
    □ブロマガの「対談の感想」「編集後記」はチャンネル会員のみ閲覧可能です。

    ***************

    ■お知らせ

    今回のゲスト、鍋島惇さんがご出演するイベントが早速ありますので、みなさんぜひお越しください!
    詳細は下記URLよりご確認ください。

    □NFAJ & J. S. E. アーカイブセミナー
    2024年1月12日(金)~13日(土)

    https://www.nfaj.go.jp/exhibition/seminar_2024_01/

    ***************

    ■from スタッフ二号

    <第128回生放送を終えて>

    初めましてレジェンド!
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    (撮影:森谷博)

    2023年最後の【ドキュメンタリストの穴】ゲストは、映画編集の鍋島惇さんにお越しいただきました!

    専門性の高いプロフェッショナル中のプロフェッショナルかつ映画業界レジェンドの鍋島さん。ネットには情報があまりまとまっていません。
    今回はそのレジェンド鍋島さんをお招きして様々なお話しをうかがっていきました。

    と、その前にまず……この日はクリスマス!
    スタジオにやってきた鍋島さんに早速サンタ帽を被っていただきます。キュート!

    鍋島惇さんは1936年生まれの87歳!
    映画の歴史の中に生き続けている方です。ピカソの絵画で有名な、ゲルニカが爆撃されたのが1937年ですから、なんとその1年前にすでに生まれています。松竹、東宝が立ち上がる前でもありました。

    【ドキュ穴】ゲストで「アラウンド80歳」の大先輩、超先輩のみなさまには、共通点があります。それは……「食欲がある」こと!
    原一男監督、撮影監督の山崎裕さん、演出家の佐藤信さんも、美味しいモノをしっかり食べるタイプ。そして鍋島さんもそう……今回ご出演の条件に「美味しいモノが食べたい」ということで、ジャーン!鍋焼きうどんをご用意しました。

    鍋島「食事に拘っているわけではないが、幼少期の貧困時代が影響している。亡くなった奥さんからもっと沢山料理を教わっておけばよかったなあと思っています(笑)」

    戦争の時代、疎開先でも帰京後も、食べ物に困った時期があったとのこと。しっかり食べる!は生命力の秘訣であると身をもって体験されているそうです。

    鍋島さんが映画業界に就職したきっかけは、日本画家をしていたお父様のお仕事に付いて行ったことが始まりだそう。

    鍋島「日本画家をしていた父が、仕事の一環で明治座のかきわりを描いていた。そのうち日活の映画現場で襖絵を描いたりした時にアシスタントとして付いて行ったところ、美術監督に声をかけられて就職することに。でも実際に入った部署は、美術じゃなくて編集部でした」

    新宿マルイの5階に名画座があった時代、様々な映画を楽しんでいた映画少年がそのまま現場へ入っていくという、羨ましい人には本当に羨ましい道です!そして映画界という魔界へ!

    1958年に日活の編集部へ入り、その後1972年に編集マンとしてデビューします。
    当時は時代劇が始まっていた頃でした。

    鍋島「関西弁の人達はドラフト枠、自分はドラフト外…...ということでなかなか編集マンになれなかった。助手時代が長いです。先輩に「彼ら(=先に編集マンになった人達)が死なないとお前は出世できないんだよ!」と言われたことがありましたが、助手を13年間やりました。その『彼ら』がみんな若いんですから(笑)」

    その中で編集マンとして多大な影響を受ける山本薩夫監督と出会います。

    金田「鍋島さんは"やってないジャンルがない"とうかがいました」

    鍋島「実はアニメもやってるんですよ」

    金田・リスナー「えっ」

    スポーツ、ロマンポルノ、音楽、商業、ゾンビ物、教育映画、児童映画……など、ご本人がまさに歩く国立映画アーカイブ!
    お仕事を受けるポリシーとしては「面白いものに関わりたい」という気持ちが一番大きいそうです。優れた作品に関わることは、充実度も高いですよね。

    ところで、原一男監督のファンの方には言わずと知れた『ゆきゆきて、神軍』も鍋島さんが編集をやられています。「鍋島さん、魔法を使ってください」と言われた名場面には、時代を先取りする「ハイスピード」手法が用いられました。

    金田「『~神軍』の感動するポイントは3つあって、ひとつは「被写体のすごさ」「監督のすごさ」。もうひとつは「編集のすごさ」です。でも僕はひとつだけ気になっているカットがあるんですよ……」

    それは、冒頭シーンの犬のカット。一体なぜ犬のカットがこれほどまで印象的に挟みこまれているのか?その答えは……ぜひ対談生放送のタイムシフトをご覧ください!


    (※2024年02月23日 23時59分59秒まで視聴可)

    編集マンとして提案した時間制限、制作体勢として"監督と対等の立場で編集に臨めること"、そしてカットしたシーンの話。
    原監督との制作現場では、様々な創意工夫が行われたことが次々と発覚します。
    その 
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