道はどっちだ(鋸山遭難事件の全容)
コロナコロナにうんざりして「山」とか「海」が見たくなった。
そもそも僕の仕事は基本的に仕事場に籠って漫画やらコラムやら動画なんかを作る仕事なので「家から出られない」なんてのには慣れきってる。
色々思索を深められるし、漫画なんかの製作に集中できるから「家から出られない」というのは僕みたいな人間にはそれほど悪い話ではないのだ。
とはいえ、数ヶ月前から海外のニュースは深刻さを増してきた。
相変わらず国内の報道は呑気で、この期に及んでまだ「オリンピック」などに執着している空気すらある。
この時はまだアメリカも油断してたけど、中国やイタリアの様子を見て「こうなる可能性はあるよな」と思って見ていた。
それなら今のうちに(この時期はまだ日本の感染者はわずかだった)行きたかった所へ行っておこう、と思った。
行きたかったのは千葉の館山。
さかなクンに教えてもらった「地魚を使ったおいしいレストラン」や「抜群に美味しい居酒屋」も沢山ある。
海もきれいで、どこか南国の雰囲気もある。
都心からそれほど遠くないのもありがたい。
そして館山には、僕が子供の頃に家族で正月旅行に行った思い出もある。
僕の子供時代の最高の思い出の1つが、この「館山旅行」なのだ。
ずっと忙しくて個人的な旅ができなかったので、意を決して去年「念願の館山旅行」を計画したのだけど、そこへあの凶悪な「台風19号」が直撃してしまった。
そして今度は「コロナ19」だ。
やつが本格上陸する前に館山に行くしかない。
僕はヤンサンの準備と諸々の漫画の仕事、動画製作を前倒しにして時間を作り、車で館山へ向かった。
【遭難】
館山は何もかも素晴らしかった。
高すぎる高速料金にはうんざりしたものの、海も山もあの頃と変わらず美しい。
アクアラインの「うみほたる」を通過したのは、東村アキコとヤンサンチームで「千葉ロケ」に行った時以来かもしれない。
あの時鴨川シーワールドで、みんなでシャチの絵を描いていて、あの「シャチマンボウ」が誕生したのだ。
木更津に入って館山道へ、道行く「ヤンキーの車」(ヤン車)もいつもの風景。
旨すぎる地魚料理を出してくれる居酒屋のマスターも明らかに「元ヤンキー」で感じが良い。
来店した有名人のサイン色紙に混じって「ヨシキ」とマスターが一緒に写った写真も飾ってある。
ああ、千葉・・この感じに会いたかったんだよ、千葉・・・
浮かれてはいたものの、房総半島南端に近づくにつれて「台風19号の爪痕」が目に入ってきた。
吹き飛ばされた屋根にブルーシートが巻きつけてある民家が多い。
中には完全に破壊された家もある。
色々と考えて「ここは例の日本寺へ参拝せねば」と思いたった。
日本寺は「聖武天皇勅願により725年に開山された」という、とにかく古く由緒あるお寺だ。
あの「空海」も来ているらしい。
日本寺のある鋸山は千葉県民にとっての「ソウルマウンテン」と言われているという。
山頂付近には「百尺観音」という巨大な観音様が掘られた石切場がある。
山の中腹には日本最大の大仏様がいる。
僕は何度かここを訪れているけど、何度も行きたくなる場所なのだ。
山頂までのロープウェイは営業中だった。
車を停めてロープウェイに乗り、山頂へ着くと館山の海が見渡せる気持ちのいい展望台に出る。
「やはり来てよかった・・」などと思っていたのだけど、ここは山頂。
寺に向かうにはやたらと急な階段を降りなければならない。
インドア生活の「怠けた身体」には堪える。
それでも百尺観音は美しく、そこは聖なる気に満ちていた。
しかし大仏までの参道を降りるコースは台風の被害で通常通りには通れないという。
以前ここに来た時は1時間半くらいかけて山を降りていたら「ふと大仏の背中が見えきた」という素敵な体験をしたので、今回もそうしたかったのだけど仕方ない。
ここはさっき降りてきた急な階段を上がって、ロープウェイ乗り場に戻り「歩いての下山」は諦めようか、と思っていたら・・
百尺観音の脇に「下山道入り口」という看板がある。
日本寺入口のおじさんにもらった地図にも描いてある。
今更あの急な階段を上がるのも面倒だし、久しぶりの山も散策したい。
時間もまだ2時過ぎだ。
ここはもう、この「下山道」で降りてみよう。なあに、登るわけじゃないし・・
などと「山をなめきった態度」で僕は下山を始めた。
ところが、最初は普通の階段だった下山道が、みるみるうちに険しい山道へと変わった。
階段などない場所が続き、岩や木の根などを足場に急な斜面を降りていかなければならなくなった。
しかも前日の雨でぬかるんでいる場所も多く、一度足を滑れせたら大怪我してしまいそうな場所が続く。
もちろんここにも台風19号の凶暴な爪痕が残っていて、あちこちの巨木が倒れ、崖が露呈している。
はじめの頃はすれ違う人もいたのだけど、途中から誰にも会わなくなってきた。
それでも山の景色は素晴らしく、僕は何度も足を止めてスマホで撮影をしていた。
しかし・・・
かなりの時間が過ぎても山から出られない。
おまけに途中で道は消え、どっちに向かえばいいのかわからなくなった。
「おいおい。待てよ、ここで遭難か?」