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山田玲司のヤングサンデー 第339号 2021/4/26

喧騒と埃のカイロ・前編

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どうもみなさん、ヴァラーモルグリス!(なつかし!)


先週のメルマガで玲司さんが小説載っけると宣言してましたが、お生憎様今週は俺の番でして、楽しみにしてくださってた方々、もう一週お待ち下さいませ。


さて、そんなわけで今週担当なんですが、先日の放送でついに開高健の話をしてしまったので、なんか旅モードが消えなくてね〜。


なんだかもう、今回何を書こうとしても旅のことしか思いつかないので、素直に旅のこと書こうと思ったんだけど、なんか今さ、旅なんて出れるわけなくて、それ考えれば考えるほどどうしようもなくて辛いだけなので、ちょっとアプローチ変えてみます。


まぁこんなご時世ですし、愚痴っぽくなるよりはいいやと、俺の初めてのバックパックひとり旅の、その初めての国の、初めて味わった何かを、お裾分けしますね。


時は今より12年前。

2009年7月、27歳の夏でした。

玲司さんと出会う前の物語。

拙い文章ながらそれもまた初々しくて、少し編集はしたけれど、できるだけそのまま載せてみます。


3度目の緊急事態宣言に心底ウンザリしてる気分を、少しでも忘れてくれたらいいな。

我が処女旅の世界スケッチ、旅ができない日本中の小開高に、贈ります。




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飛行機の窓から見下ろしたそこにはオレンジの光が果てのない闇の平野一面に瞬いていて、数えきれない橙色の野火が、地も空も何の境も無い見渡す限りの夜に点々と燃え立っているように思われた。

カイロ。

巨大なる都会。

砂漠やナイルを押しのけて先ず目に映ったエジプトがそれだった。



『カイロ』


空港に着いたのは夜九時半頃。何も知らない俺は入国手続きに手間取り、戸惑いながら異国の地を踏んだ。

ホテルからの出迎えが来ているというが、顔も知らないし名前も知らない。

どんな奴が俺を迎えてくれるのだろうかと、どいつもこいつもほぼ同じように見えるアラブ人が掲げている歓迎用プラカードを覗いて回った。

空港は広く、様々な人種でごった返している。

きっとローマ字で「WELCOME NOZOMU」とか書いてるんだろうなと思いながら俺を待っているであろうそいつを探し回ったが、とにかく人が多くてなかなか見つからない。

慎重に目を見張りながら進むが出迎えようのエントランスにもいないのでかなり不安になり、しょうがないから一人で向かおうと外に出て、客引きのタクシードライバーが声をかけて来たところで、人波の間隙にちらりとプラカードが見えた。

そこにはこう書いてあった。


 「MR、NOZUMO OKUNO」


…名前が微妙に違う。


待っていたのは若いアラブ人。

彼もまたこっちを探していてもうちょっとで港内アナウンスする所だったと、少し痩せたバダ・ハリみたいな顔したハンサムな彼は、薄いコーヒー色した肌にきれいな波を立てて笑った。

「ウェルカム・エジプト」

簡単な英語で、シンプルな会話。

探し人に出会えた。

それだけで、何かすごいことをやりとげた気分になった。

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空港は空調が利いていたがやはり外は暑く、日本の、湿気た、あのジトリと粘り着くような夜とは少し趣きを異にするが、十分蒸し暑い。

誰かがあっちは暑くてもカラッとしてるから夜なんかは涼しいくらいだよと言っていたが、いやいや、むさ苦しいよ。

ただもっとエスニックな香りが鼻を突くだろうと思っていたのに、それはそうでもなかった。

暑気のなかにお香のようなものが微かに漂っているが、不快ではない。

羽田も、たまにこんな匂いがする。

これなら高円寺の方がよっぽど異国である。


迎えにきていたタクシーは後で気づいたがかなり高級車で、といってもクラウンとかではなく、カローラくらいのクオリティ。

運転手はマホメドという(なんとアラビックな名前かしら)26才の、何度も言うがバダ・ハリみたいな、なかなかずる賢そうな顔をした男で、なんと二人の子持ちだそうだ。

いつか日本に行って、日本の女と結婚したいと言う。

なぜだと聞けば、日本の女はクアイエットリィだからだと。

エジプトの女は、キツくて、恐いんだと。

そんな会話をしながら夜のカイロ市内へ走り出したらすぐに、文化というか、習慣の違いを思い知ることになった。

とにかく、運転が荒い。

荒いというより、街自体に交通ルールがない。

信号は全くと言っていいほど無く、あっても黄色く点滅しているだけ。

一応道路に車線が引かれているにも関わらず、3車線のところを5車線で当然のように走っている。

隙があればすぐに割り込んで来て、割り込まれて少しでも気に触ると開けっ放しの窓(高級車でない限りエアコンが無いから窓を開けないと蒸し焼きになる)から大声で怒鳴り散らす。

歩行者は、そう、カイロには横断歩道も歩道橋も(当然のごとく)無くて、そんなむちゃくちゃな車の往来を気にせず颯爽と歩いて横切る。

それによってぶつかりそうになったり、車がスピードを緩めたりするたびにお互いが文句を言う。

だけど、これが何故か不思議と機能していて?ついぞ滞在中に事故らしい事故にはお目にかからなかった。

しかし、危なすぎる。

この混沌、この無秩序。

みんな自分のことしか考えていない。

譲り合う精神の皆無。

だから小さな渋滞がそこかしこに起こり、結局スムーズに目的地に行けない。

なんという効率の悪さか!

木を見て森を見ず、である。

日本は、そういう面では素晴らしい国だと、着いた早々確信した。


後で聞いたのだがカイロはオールドカイロとニューカイロに分かれていて、ニューカイロは富裕層やビジネスマンが暮らし、比較的新しい、敷地の大きな建物が多く、なかなか静か。

オールドカイロは貧しい人々、一般庶民が暮らし、大きな駅があり、メインストリートがあり、古い建物、市場、博物館、モスクなどがひしめいて人が溢れ返っているのだが、車の数が尋常じゃなく、ほとんどの車が整備不良で一目で有毒だと分かる黒く煤けた煙をブスブスと吐きながら走る。

それが何千台と走っているのだから街は目が曇っているのかと疑うほど埃っぽい。

これじゃあいくら先進国がエコだなんだと叫んだところで何の意味も無い。

ただただ地球は汚れて行く一方だ。

それくらい街は埃っぽいのに、みんな平気で道端で談笑したり寝転がったりして、誰が浮浪者で誰が普通の市民なのかなかなか見分けがつかない。

おかしなほど喧しい車のエンジン音に負けないほど大声で喋って、笑って、騒いでいる。

単純に埃っぽくて、臭い。

街の臭いは排気ガスと共に土臭い、というよりはもっと乾いた、言わば砂臭いとでも言おうか、やろうと思っていた色んなことをすぐにあきらめてしまってもいいような、人を散漫にさせる臭いで、そこに微かなお香と、ナイルからの妙な水臭さが混じり合っていて、とにかく、臭いのだ。

空港は特別だったと後で気づいた。

その臭いは中心街に近づくにつれひどくなり、砂漠から吹く砂埃と共に空気というよりは砂と合わさった、鉄臭い細かい物質を吸い込んでいるようだ。

古い、調子の上がらない化学工場の中にいるような…。


そんな煙いオールドカイロを、車は駆け抜けて行く。

車窓には次々と、巨大なモスク、200年以上前からある古い建物、新しいホテル、薄汚いカフェ、誰だかわからない銅像、そして様々な人々が流れて行く。

市内は十二時になろうとしているにも関わらず大変な喧騒で、街灯とネオンと車とでギラギラに光った夜のカイロに人が溢れている。

聞こえてくる様々な音が、俺の感覚を目覚めさせるのに十分すぎる音量で、まるで今、一日が始まったような気分になった…と書けばまだいいが、とにかくうるさい。

うるさい、というより、やかましい。

昼間が暑すぎるから夜に遊びまくるんだろうが、遊ぶ金は持ってないのかみんな路上でただ喋っている。

大声で笑っている。

カメラを向けると本当にみんな、ウインクやグッドサインをしながら「ウェルカム!」「トヨタ!」なんて言って嬉しそうに写りに来る。

そんな人々を眺めながらふと、車に乗って少し落ち着いたせいか、当たり前のことに気づいた。

ここはエジプトなんだ。

周りはアラブ人ばかり。つまり、日本人がもう俺のほかに誰もいないということ。それが、素直に不安になった…。



ハロージャパン!