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菊地成孔さん のコメント

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菊地成孔
>>2

 僕は今、コロンボ研究の下巻の執筆と、自分の(そして大統領閣下の、そしてキューバ革命のゲリラ指導者の、日本がジャパンクールと無縁な地帯から世界に誇る男性SSWの)誕生日にXに投下する1万5千文字のステートメントのチェックに追われているのですが、予測されているだろう通り、ステートメントは生成AIの使用に関するもので、これの執筆に着手してからロスがああいうことになり始めたので、今からチケットを取って、誕生日は旭川とか阿蘇とかで過ごそうかと思っております笑。

 ガス抜きというかなんというか笑、ステートメントの最後の部分だけ、フライングでコチラに引用しようと思います。


<といった次第で御座いまして、我々は(現在のところ)日本で唯一の音楽制作ギルドとして、世界水準を睥睨しても、AI使用による商業音楽作品の成果は、質量ともトップクラスであるという自負が、些少なりとも御座います。(ステートメントにある通り)AIの使用、不使用と関わりなく、音楽的な全方向へ、今後も変わらず精進して参ります所存ですので、変わらぬご贔屓賜れば、これ以上の喜びはありません。最後に、スライ・ストーンとブライアン・ウィルソンに敬意と等量の弔意を捧げます。2人は音楽性と人間性を超えて偉大なテクノロジストでした。音楽を自宅で録音し、納品する天国と地獄を、リズムも、ハーモニーも、人間を発狂に至らしめる黄金の神託であることを、我々音楽家は全員、身をもってフレッシュに経験し直すべきであることを、2人の音楽は導いて止めません。長文ご精読ありがとうございました。それではアルバムより1曲>

No.3
8ヶ月前
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 短期間に動画を6本も作ったので楽しくなりすぎて疲れたのかも知れない。2本目(コロンボ本の PV-2 。 JUMA と QN が主演の奴)の撮影が終わり、編集しているうちに熱が出てきてコロナだったという話だ(なんか遠い過去のような気がする。ほんのちょっと前なのに。あのコロナは夢だったのかな、と思う。静養中、ほとんど乖離していたので)。    これだけは仕事にしたくないし、そもそも仕事になるわけがない。と思っていたのが映画作りだ。音楽家が映画が好きで、周りに乗せられて映画を作ってしまうことがある。それは冷笑すらできない、文化的な虐殺と呪い、罪深さの歴史だ。ジェノサイドには関わりたくない。    ただ僕はハンディカム世代として、多分日本で一番早く、あらゆるプライヴェートを撮影していた。30歳の誕生日をベルギーのアントワープで迎えた時は、「肩に担ぐ」大きさ最後の世代の番機を担いで、ほぼ24時間撮影していたので、ベルギー人にも、ドイツ人にもフランス人にも、旧ユーゴスラヴィア人には特に、「あら、カメラマンのあなたね笑。おはよう今日も撮影ご苦労様」と言われた。僕は旅先の食事を、一食残らず全て撮影し、投宿したホテルの隅から隅までを撮影した。海外渡航の80%が楽旅だったので、ライブも全て録画した。    それは、当時は相当な変わりモンで、ベルギー人も、ドイツ人もフランス人もイタリア人も、旧ユーゴスラヴィア人は特に僕を揶揄った(とても友愛のこもった態度で。僕は何故か欧州人に物凄く好かれるので、自己実現ができずに苦しむような人生だったら、今頃パリに住んでいると思う、とゾッとする)、「カメラマン。今日は戦争はないぞ」といった感じで。そして僕は我ながら律儀に「やがて誰もがこうなる」と答えていた。「お前もなるよ」と。    ざっと32年前の話だ。肩に担ぐ hi-8 時代から、今のスマホとさして変わらないサイズのハンディカムの時代が来ると、撮影量は10倍化した。「家庭用テクノロジーの定着はポルノから」などと言うし、そういう恩恵にも預からなくもなかったけれども、何せ僕は映画を撮っていたのだ。部屋、建物、道路、店内、空、人々、生活、世界の全ては、眼球で見るよりも、モニター越しの方が遥かにスタイリッシュで、歪で、美しかった。眼球で世界を見るのは、なんというか、一番しらける行為だった。  
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