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田畑 佑樹さん のコメント

>>3
 ご返信をいただきありがとうございます。Xのほうにアップロードされたステートメント全文も、先ほど一度通読いたしました。

 あの、マネージャーだか誰だかによる運営のXアカウントで伝達された、「レンチン」と比較して「母親や恋人が作ってくれた料理」のほうを高く上げるミュージシャンの投稿については、いまさら触れる必要もないのかもと思っておりましたが、しっかり前編末部で roast されていたので(笑)楽しく読みました。
 私自身は母子家庭の育ちで、独り働きの母親が忙しかったため少年期から自分の飯くらいは作れるようになったのですが、母親の負担を減らしたいという殊勝な思いよりは「母さんが作ってくれる料理はもちろん良いけど、そもそも食事を用意すること自体が大変だし、飢え死にしない程度は自分でも作れるし、何だっていい」というふうでした。なので「女性が自分のために作ってくれる料理」なるものへの理想化が原理的に持ち得ず、そこにあのXアカウントの「レンチン」下げがAI関連の話題で来たので、もしああいうことを言っている輩が眼前に居たら一生消えない心的外傷を刻むほど問い詰めてやるのにと思っていました。そして菊地さんという、幼少期から今に至るまであらゆる料理の良さを知っておられる方がアレをしっかり roast してくださっていたので(「調律されたピアノの鍵盤に指を置いたら調律された音が出ることがレンチンでなくて何だよ」というご指摘には大笑いしました)、きれいにオチがついたなと思っています(笑) ただひとつ言うべきことが残っているとすれば、「ああいう “女性が作ってくれる料理” を理想化する言論は吊るし上げないのX上のフェミニストたちは? あまりに長いこと “推し(性別問わず)” をセクハラオヤジみたいな目線で理想化しすぎて麻痺したか?」くらいですが。

 あのステートメント全文で最も強固なパンチラインと思ったのは、 “我が国の殺人事件で使用される凶器で最多のものは「暖かい、お母さんの味」を調理するときに必ず用いられる包丁” です。以前こちらのコメント欄だったと思いますが、菊地さんが「包丁を料理にではなく殺人にも使うことができる、という事実だけを凝視して暗い気分になるのは不健全なこと」という大意のことを書かれていたのを拝読して、未だに思い出しては反芻することがあります。音楽と美食の両方を愛しておられる菊地さんが、人類史と切り離せないテクノロジーの存在を冷徹かつ当たり前に踏まえておられることは極めて自然なことと思いつつ、改めてここに敬意を述べさせていただきます。

 菊地さんの御誕生日前に、完全にラリったスネ夫みたいな国家がスプリーキラーめいた凶行に及びましたが、その後に自国民へ「核シェルターに入れ!」と公的に命令していたのにはさすがに笑いました。ユダヤの知としてフロイトを当てつけるわけではありませんが、『快感原則の彼岸』や『終わりある分析と終わりなき分析』などを読み返さずとも、「ああ、やっぱり、あの人たちがしたいのは自殺なんだな」と今では誰にでも理解できるでしょう。他国の核関連施設を攻撃した直後に自国民に対して「核シェルターに入れ!」というのは、他所で性加害をして帰宅したあと娘に対し「貞操を守れ!」と言うようなもので、精神分析的と言うのもバカらしいほどあからさまな罪責感が暴露されています。なんだか、世界はどんどん嘘がつけないように、正直になっていきますね。菊地さんと同じ誕生日の大統領が劇場版のジャイアンみたいなキャラクター不安定ぶりを発揮しているのも、この「嘘がつけなくなった世界」の感覚と関係があるのだと思います。

 あらゆるテクノロジーを平和のために運用できるかどうかが人類史希望で問われる流れになったこの日に、菊地さんと新音楽制作工房のお仕事が同時代的な重要性を(不可避的に)帯びていることを再確認した世代です。初となる工房名義のアルバムリリースを楽しみにしております。
No.8
8ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 短期間に動画を6本も作ったので楽しくなりすぎて疲れたのかも知れない。2本目(コロンボ本の PV-2 。 JUMA と QN が主演の奴)の撮影が終わり、編集しているうちに熱が出てきてコロナだったという話だ(なんか遠い過去のような気がする。ほんのちょっと前なのに。あのコロナは夢だったのかな、と思う。静養中、ほとんど乖離していたので)。    これだけは仕事にしたくないし、そもそも仕事になるわけがない。と思っていたのが映画作りだ。音楽家が映画が好きで、周りに乗せられて映画を作ってしまうことがある。それは冷笑すらできない、文化的な虐殺と呪い、罪深さの歴史だ。ジェノサイドには関わりたくない。    ただ僕はハンディカム世代として、多分日本で一番早く、あらゆるプライヴェートを撮影していた。30歳の誕生日をベルギーのアントワープで迎えた時は、「肩に担ぐ」大きさ最後の世代の番機を担いで、ほぼ24時間撮影していたので、ベルギー人にも、ドイツ人にもフランス人にも、旧ユーゴスラヴィア人には特に、「あら、カメラマンのあなたね笑。おはよう今日も撮影ご苦労様」と言われた。僕は旅先の食事を、一食残らず全て撮影し、投宿したホテルの隅から隅までを撮影した。海外渡航の80%が楽旅だったので、ライブも全て録画した。    それは、当時は相当な変わりモンで、ベルギー人も、ドイツ人もフランス人もイタリア人も、旧ユーゴスラヴィア人は特に僕を揶揄った(とても友愛のこもった態度で。僕は何故か欧州人に物凄く好かれるので、自己実現ができずに苦しむような人生だったら、今頃パリに住んでいると思う、とゾッとする)、「カメラマン。今日は戦争はないぞ」といった感じで。そして僕は我ながら律儀に「やがて誰もがこうなる」と答えていた。「お前もなるよ」と。    ざっと32年前の話だ。肩に担ぐ hi-8 時代から、今のスマホとさして変わらないサイズのハンディカムの時代が来ると、撮影量は10倍化した。「家庭用テクノロジーの定着はポルノから」などと言うし、そういう恩恵にも預からなくもなかったけれども、何せ僕は映画を撮っていたのだ。部屋、建物、道路、店内、空、人々、生活、世界の全ては、眼球で見るよりも、モニター越しの方が遥かにスタイリッシュで、歪で、美しかった。眼球で世界を見るのは、なんというか、一番しらける行為だった。  
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