高市早苗政権の閣僚名簿を見て、私が強く印象付けられたのは、財務相に就任した片山さつき氏の肩書でした。彼女には、財務大臣のほかに「内閣府特命担当大臣、金融・租税特別措置・補助金見直し担当」というタイトルが付いていたのです。これは、いったい何を意味するのでしょうか。
このうち、租税特別措置(租特)と補助金の見直しは、日本維新の会が10月5日に自民党に対して、突きつけたいわゆる12項目の要求(党首会談を受けた政策協議メモ)に盛り込まれていました。そこでは、こう記されています。
https://o-ishin.jp/news/2025/images/233f920ca51ed18ad1095d8ed144f5ba57abf5e6.pdf租税特別措置及び補助金の総点検(政策効果の薄いものは大胆に廃止)
これが、自民と維新が10月20日に交わした連立政権の合意書では、こう記されました。
https://o-ishin.jp/news/2025/images/624de5f22900f6e88e892abb49d3fc70ef3cac92.pdf租税特別措置及び高額補助金について総点検を行い、政策効果の低いものは廃止する。そのための事務を行う主体として政府効率化局(仮称)を設置する。
両者を比べてみると、ほとんど同じですが、合意書後段の「政府効率化局(仮称)」とあるのは、政策協議メモでは別立てで「行政効率化を一元的に推進する体制を構築するため、政府効率化局(仮称、日本版 DOGE)を設置する」というかたちで盛り込まれていました。
DOGE(Department of Government Efficiency)という言葉が示すように、これは米国のドナルド・トランプ政権が採用して、電気自動車メーカー、テスラのオーナー、イーロン・マスク氏が政府に大鉈をふるった政府効率化省にヒントを得たものでした。
つまり、租特の見直しは維新が言い出したものなのです。
高市政権は、それを丸呑みした。そのうえで、担当大臣として財務相である片山氏に、わざわざ内閣府特命担当大臣を兼務させて、租特と高額補助金整理の仕事を割り振ったのです。これは、財務省にとっては「驚天動地」の出来事だったに違いありません。
なぜかといえば、租特こそが、財務省が大企業や経済団体、さらには大労組をも味方につける飴玉だったからです。財務省は租特という飴玉をしゃぶらせる代わりに、彼らを消費増税に賛成させてきた。その大事な飴玉を大幅に見直されて、整理されてしまったら、大打撃になるのです。
租特とは、いったい何か。
それは、政府が設備投資や研究開発の促進など特別な政策目的のために、条件を満たす特定の企業に法人税などの税負担を減免する措置を指しています。マスコミはこれは特別な措置であることを指摘せず、財務省の振り付けに沿って、もっともらしく「政策減税」などと呼んだりしています。
具体的に指摘すると、たとえば、以下のようなものがあります。
perplexityによる
自動車をはじめ、代表的な日本の産業界は各分野のトップ3クラスは例外なく、なんらかの租特の恩恵に与っている、と言っていいほどです。
租特の対象になった大企業にしてみれば、消費税が数パーセント引き上げられたところで、租特を受けるメリットは、それを大幅に上回ってお釣りがくるほどでした。大企業や経団連のような経済団体が消費増税に反対しなかった裏側には、消費者の目に触れにくい、こうしたからくりがあったのです。
企業側だけではありません。大労組も上に挙げた賃上げ促進税制に示されるように、巡り巡って、おこぼれに与っています。
財務省にとっては、まさに租特こそが(それだけではありませんが)大企業や経済界、大企業労組などを黙らせる「打ち出の小槌」でした。
租特があるがゆえに、企業の本当の税負担がどれほどなのかも、一般には見えにくかった。私はかつて、租特の実態を分析しようとした専門家の1人に話を聞いたことがありますが、財務省からは「余計なことはするなよ。あなたのためにならんぞ」とやんわり注意され、研究成果も発表できなかったそうです。
それくらい、租特は闇に包まれ、財務省には外部のチェックに晒されたくない領域でした。
維新が租特の整理と見直しを要求したのは、高市氏にとって絶好のチャンスでした。自分たちがそれを言い出したら、財務省が猛烈に抵抗し、党内でも財務省の言いなりになっている議員たちが大騒ぎするのは目に見えていました。しかし、維新が要求してくれたおかげで、堂々と政策に掲げることが可能になったのです。
この1件が示すように、高市氏にとっては、維新の連立参加は「渡りに船」だったのではないでしょうか。けっして、最初から意図して維新の参加を求めたわけではありませんが、結果として、維新は高市氏を閣外から強力に支援するパートナーになったといえます。
政策面での親近感から言えば、最初から維新との連立を考えたとしてもおかしくないのに、高市氏は公明党の離脱に衝撃を受け、その後は国民民主党との連立を目指した。それがまとまらずに、維新に傾斜し、彼らの提案が自分の目指す政策に近いことに気付いて、丸呑みし、閣外協力をとりつけた。
このあたりが、政治の面白いところです。
私たちはつい、権力者が最初から図って権力を奪取した、と考えがちですが、実はそうでもないのです。「高市氏はツイていた」と思います。
いずれにせよ、高市丸は船出しました。
租特の見直しをめぐっては、内閣府に設置される政府効率化局と財務省の激しいバトルが繰り広げられるに違いありません。しかし、双方の所管大臣は同じ片山氏です。その片山氏は首相の意向を熟知していて、かつ、その背後にいる維新こそが事実上、生殺与奪の権力を握っていることも承知しています。
財務省は政治家に頼ろうにも、岸田文雄氏、石破茂氏の影響力はほとんどなく、麻生太郎氏は高市政権の生みの親です。さすがの財務省も、今回は政府効率化局の見直し圧力を押し戻すのに、相当、苦労するでしょう。少なくとも、財務省が完勝するとは到底、思えません。
そうした状況を考えると、私は、高市政権は案外、長期政権になるような気がしています。自民党内に強い政権基盤がないにもかかわらず、維新が閣外から強力に支えている。それが、自民党内の財政再建派やリベラル派をけん制する絶妙な役割を果たしているのです。
そうだとすると、衆院解散・総選挙はどうなるのか。次回は、解散の見通しに迫ってみたいと思います。