米国のドナルド・トランプ大統領が10月27日から29日までの予定で、訪日し、高市早苗首相と会談します。トランプ氏は日本に大幅な防衛力強化と在日米軍駐留経費の負担増、米国製品の輸入拡大、さらには台湾問題など北東アジアの平和と安定をめぐって日本の役割強化を求めてくる見通しです。高市首相にとっては、最初の大きな試練になるでしょう。

トランプ氏の要求のなかで、最大の焦点は日本の防衛力強化です。

昨日のコラムで紹介したように、英フィナンシャル・タイムズは6月20日、米国が日本に対して「防衛費を国内総生産(GDP)の3.5%に拡大するように要求した」と報じました。

この要求に驚いた日本側は当時、参院選が迫っていた事情もあって、7月1日に予定していた米国との外交、防衛担当閣僚協議(2+2)をキャンセルしました。石破茂政権は難題を先送りしたのです。

続いて、米FOXニュースは10月22日、日本にGDP比5%の防衛費を要求したと報じました。

FTが報じた3.5%とFOXニュースが報じた5%では、かなり違いますが、これ差は説明が可能です。トランプ政権は欧州の北大西洋条約機構(NATO)加盟国に5%を要求し、6月にオランダのハーグで開かれたNATO首脳会議で加盟国の合意を得たからです。

首脳会議では、従来の伝統的な兵器や兵員など中核的な防衛装備に3.5%、弾薬庫や燃料施設、輸送網など防衛関連の軍事インフラ投資に1.5%を支出すると合意しました。両者を合わせると5.0%になります。従来のNATO基準は2%ですから、それと比較すれば、1.5%の増加になります。

このアイデアは「5%計画(Five Percent Plan)」と呼ばれ、トランプ大統領の肝いり政策でした。NATOはこれを「5%原則(Five Percent Doctrine)」として受け入れました。こうした経過からみても、日本にも、同じように中核的防衛装備に3.5%、軍事インフラ投資に1.5%を要求してくるのは確実とみていいでしょう。

ちなみに、NATOは全加盟国が2035年までに5%を達成する目標を掲げ、ロシアの脅威に晒されているバルト3国やポーランド、北欧諸国は2029年までに達成する、と表明しています。

これに対して、ロシアから地理的に遠いスペインのペドロ・サンチェス首相は「スペインは5%目標を受け入れるつもりはない」と公然と反旗を翻しました。これに対して、トランプ氏は「スペインをNATOから追放すべきだ」と激怒しています。

こうしたなかで、トランプ氏は日本にやってくる。高市首相は、これにどう対処するのでしょうか。

先のFOXニュースは「我々は大統領の訪日にしっかり準備を整えている」と語った茂木敏充外相の言葉を紹介しています。つまり「高市政権がトランプ政権の要求を断るはずはない」とみているのです。これはFOXに限らず、英語メディアに共通する相場観とみていいでしょう。

たとえば、防衛・安全保障問題専門の新興メディア、RNAは10月23日、先の茂木発言を引用しながら「日米首脳会談が日米同盟を強化し、韓国やオーストラリア、フィリピンとの関係を深化させる」と指摘しています。

この記事の見出しは「日本はトランプの訪問に先立ち、大きな防衛努力を示唆した。新たに首相に就任した高市氏にとって、最初のテストになる」というものでした。この見出しが日本に対する期待感を物語っています。

こうした期待に応えるように、高市氏は24日の所信表明演説で、こう述べました。

2022年12月の国家安全保障戦略を始めとする「三文書」の策定以降、新しい戦い方の顕在化など、様々な安全保障環境の変化も見られます。我が国として主体的に防衛力の抜本的強化を進めることが必要です。このため、国家安全保障戦略に定める「対GDP比2%水準」について、補正予算と合わせて、今年度中に前倒して措置を講じます。また、来年中に「三文書」を改定することを目指し、検討を開始します。
防衛力そのものである防衛生産基盤・技術基盤の強化、防衛力の中核である自衛官の処遇改善にも努めます。

https://www.kantei.go.jp/jp/104/statement/2025/1024shoshinhyomei.html

この演説が物語るように、高市政権はさっそく、世界の相場観に合わせて動き始めました。2%目標を2年間も前倒ししたのです。まさに「政権が代わるとは、こういうことなのだ」と実感させます。

財務省はこれを聞いただけでも、驚天動地だったでしょう。彼らはなにせ、できるだけ財政支出の拡大を抑えて、どうしてもというなら、防衛増税を企んでいたからです。

問題は、防衛費拡大を賄う原資をどうするのか、です。

高市氏は演説で明言していませんが、財務省が企む防衛増税のほかに、防衛国債の発行も視野に入れているはずです。

片山さつき財務相は24日、記者団に補正予算の財源について、税収の上振れや歳出削減のほか「「それで足りなければ国債増発になる。そういう状況になればやむを得ない」と語りました。このあたりは当然、首相と腹合わせしたうえでの発言でしょう。

それでも、話はまだ序の口です。

26年度までの2%達成でも大変なのに、トランプ氏が5%を要求してきたら、どうするのか。一部であれ、国債で賄うしかない。そのとき、これは防衛国債と用途を特定するのは、むしろ自然です。

ロシアに脅かされている欧州では、トランプ氏の「5%計画」を受けて、ドイツ、ポーランド、イタリアなどが防衛特別債を発行して、対応しました。ドイツはそのために、憲法改正までしています。欧州連合(EU)は共同防衛債(ユーロ防衛債)の発行を検討しています。

ロシアのような国に脅かされた国が防衛費を国債で賄うのは、世界の流れになっています。まして、中国や北朝鮮、ロシアに脅かされている日本とすれば、5%目標を達成するのに、防衛国債を発行するのは当然でしょう。財政健全化のために、国の平和と安全を犠牲していいわけがありません。

それでも、財務省が抵抗するなら、彼らは、もはや「国民の敵」のようなものです。トランプ政権も黙っていないでしょう。なにしろ、トランプ氏はスペインに対して「NATOから出ていけ」とまで言ったくらいなのですから。

いずれにせよ、高市政権はトランプ氏を迎えるのに、早くもエンジン全開で動き始めています。トランプ氏の訪日が高市政権を後押しして、日本の変化を促すなら、素晴らしい出来事です。

高市政権発足から、わずか1週間で、日本を取り巻く景色が劇的に変わりつつあります。