菊地成孔さん のコメント
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なんか最近寝ても寝ても疲れが抜けないし、目が覚めると泣いてるんで、怖い夢か悲しい夢を見ているんだな、全て言語化したはずのトラウマにちょっとした残りでもあって、それが何かのキューによって睡眠時に夢は夜開いたのだろう。人生とは。セックス、そして死とは。とか思っていたら花粉だった。
もう擦り倒したんで(「スペインの宇宙食」にさえ書いてある)書く方も読む方もうんざりだと思うのだが、花粉と黄砂は、なんだか知らないが、僕が還暦に入ってからあんまり飛ばなかった気がする。中国まで行ったのに、あんまりヤラれた記憶がないっつーか、コロナがあったし、歯をインプラントにしたり、壊死性リンパ結節炎の再発もあったり、転んで骨折したりしていてそれどころじゃなかったのかも知れないが、今年はヤバいよ。覚悟してください鼻炎持ちの人々。共に頑張りましょうね!選挙事務所みたいに!
と、僕は炭鉱カナリアみたいな所があって「明日から花粉症警報です」といった日の大体1週間前ぐらいからダルくなって、なんだこれ?とか思っていると、、、、というパターンばっかりで、「あれ?偏頭痛がするな、、、、と思っていると、数日後に台風が上陸した」といった人と大体同じだと思う。知的にも肉体的にも、色々と先に気がつくのだ。もう気がついているけど、
僕本当に何も知らないんですけど、日本のプロレタリアート芸術の絶頂というか、ブチ上がったのは30年代だと思うんですよね。有名なプロ連(日本プロレタリアート連合?連盟?連帯?)が出来て、文学とか詩とか映画とか?に、定着し、指示されたと。んで、その後、左翼というか、反政府ぐらいに膨れ上がって弾圧があったような気がします(なかったような気もしますが笑)。
(町のサンドイッチマンやら不思議なポケットやらが作られた)1950年代ちゅうのは、極々記号的にいうと、わが国が、大復興前の敗戦貧困期に、アメリカ映画やテレビドラマが入ってきて、物質文明に無茶苦茶ヤラれていた季節でしょうから、戦前のプロレタリアート運動の亡霊みたいな感じで、一層イマジナリーにパワーアップ、というか、ポップ化していたのでは?と予想されます。池田勇人のビッグマウスが絵に描いた餅ではなくなった、という大復興史観も雑なもんで、富裕と貧困の格差は、1950年代型とか、70年代型とか、鉄道みたいに区分できるのではないかと思います。国民総中流時代が異常だったわけで、あの時代が日本の一番良い時期だと思う僕は、かなりのマイノリティではないかなと思いますが笑。
プロレは強いウイルスみたいなもんで、家業がある=いわゆる「労働者」ではなくとも、何か貧困に美や意義を感じたら感染するので笑、これはディスりではなく(ホントに!笑)、音楽界のヨージヤマモトである大友っちなんか、立派な家業(町の電気屋さん)があるんですけど、感染してパンクみたいな気分になれたんだと思うと、現在リアルプアの人達は、生きづらいとか政治とカネとか言ってないで、もっとプロレタリアート芸術として、悲しい童謡とか童話とか、どですかでんみたいな痛ましいやつを作って民衆を鼓舞して欲しいですね。
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