tsutoさん のコメント
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A-1 社説「(社説)憲法を呼ぶ声 デモを政治の参照点に」 憲法を呼ぶ声が聞こえる。国会前や全国の街角で、政府に憲法を守れと求め、 9条の改憲に反対するデモが相次いでいる。 為政者を縛り、個人個人の侵されてはならない権利を定めた憲法 は 、日本の民主主義の「骨格」だ。 普段はそう意識することのない 憲法を、思い出さざるを得ないのは、そこに書かれた原則や権利が脅かされている時だ。 デモに中学の同級生と参加した20代女性は「学校で教わって以来、憲法を誇りに思ってきた」と話した。1人で来た30代女性は「そのまま変わらずにあるものかと」。 プラカードを持ち静かに座っている人がいる。リズムにのって思い切り声を出す人がいる。しゃぼん玉を飛ばす人がいる。それぞれが守りたい日常を象徴する光景がある。 衆議院で単独3分の2を占める自民党が掲げる改憲4項目には9条が含まれ、与党内の日本維新の会など、他にも改憲に肯定的な勢力がある。 近年進められてきた、防衛費増額、南西諸島での自衛隊の増強、武器輸出政策の転換。そこに始まった米・イスラエルのイラン攻撃と、米トランプ大統領による自衛隊派遣要請。そうした状況が、人々に「身近に戦争が迫っている」と予感させる 。平和国家として戦争を止めるどころか、「加害する側になるかもしれない」と懸念させる。 「防波堤である9条を変えさせるわけにはいかない」という、国民主権を担う市民としての責任感が、人々をデモへと駆り立てる。 日本国憲法は、戦争のない世界を目指す普遍的な理想や国内外の努力の歴史の上にあるものだ。第1次世界大戦後に戦争放棄を明記した不戦条約や、第2次大戦後に武力による威嚇や武力行使を原則禁止した国連憲章の精神が、前文や9条には脈打っている。 戦争のない世界は今も実現していない。平和主義は規範として掲げれば実現するわけではない。 9条が、戦争をしない状態を自動的に作り出すわけではない。 ただ、現在の情勢の中で、日本が平和主義を掲げ続けることが、国際社会に訴えるものは大きいはずだ 。私たちは、人類が挑んできた困難な挑戦の最前線にいる。 デモは、憲法上の当然の権利であるだけでなく、世界的にもごく一般的な意見表明の手段だ。政治家は、デモという手法を馬鹿にしたり警戒したりしている場合ではない。声を上げる人々の懸念に向き合い、期待に応えることができているか。それを参照点に政治と外交を進めて欲しい。
この朝日「社説」に多くの人がごまかされる。なぜか。
私たちは「現象界」で生活している。「平和」という固定した世界があるわけではない。希望的、願望社会である。
現実は現象(戦争と平和)は裏表の関係にあり固定しない。「裏表の関係が成り立つ」どういうことかというと「平和」の時は「戦争」が引っ込み、「戦争」の時は「平和」が引っ込むという補完関係にあるのです。
国家が生きていくためには「平和」が固定したものでなく、国際環境によって「適応する能力」が極めて大切になります。憲法は時代とともに適応させていくことが日本に求められているのではないか。
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