●橘川幸夫

◇湯河原の小さな地方書店である「好文の木」は、地元作家の田口ランディとの関係を生かして、新しい書店のあり方を模索している。書店というのは、売り場の采配が限られていて、取次が配本してきた本を並べて、売れない本を返本することがメインの仕事だ。だいぶ少なくなったけど、年寄り夫婦がやっている小さな書店が潰れないのも、自分の家を店舗にして、配本された本や雑誌を並べて売れなければ返本すればよいので、固定客さえいれば、年寄りの小遣い程度の利益は出るからだ。こういう店は、子どもたちが商売を引き継がずに廃業していく。

◇インターネットによってAmazonなどの電子書店が大きな力となり、街の本屋も大型書店による覇権争いが全国的に展開されて、中小の書店は大きく淘汰された。これは、日本だけではなく、世界的な傾向であるようだ。

◇委託返本制度は、利益は少ないが買取リスクのない安定したビジネスモデルとして高度成長の時代とともに栄えたが、高度成長の終焉と、版元の生産過多が、書籍の洪水を生み、取次もパターン配本のシステムに頼らざるを得なくなり、総量規制によって、返本のコスト削減をはかっている。

◇小さな書店では、自分が売りたいと思う商品が実は、手に入らないことがある。2013年春の出版業界の話題は、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」だった。大手書店では、発売当日は開店時間を早めたり、巨大なディスプレーを作って販売キャンペーンを行った。必ず売れると分かっているのだから、どこの書店でも部数確保に熱心だった。しかし、希望部数が確保出来るのは取引高の多い大手書店だけで、販売力のない地方の小さな書店には、少ししか回ってこない。

◇好文の木にも、配本されたのは2冊だけであった。テレビをはじめとしてマスコミは、村上春樹旋風を報道する。好文の木の林店長は、しかたなく、Amazonで10冊購入をして、書店に並べた。Amazonは超巨大な大型書店だから、部数は確保されていた。もちろん、定価で買って、定価で売るわけだから、利益はない。しかし、テレビでこれだけ村上春樹が騒がれれば、普段、本屋さんに来ない人も買いに来るだろうから、その時に「ありません」と言ったら、本屋として認められなくなるという危機感があったのだろう。しかし、定価で仕入れて定価で売るというのは、商売人としては、なんとも屈辱的なことだろうと思う。人件費や営業コストの分だけ赤字である。

◇好文の木がはじめたのは、作家と組んで、新しい商品を開発するということだ。本年5月に発行された田口ランディの新作「ゾーンにて」を、なんと200部仕入れて、サイン本にして、写真家トニー谷内さんの写真集のデモ版付きの「出版記念特別パック」にして、ネットで販売した。これは、あっという間に完売した。

◇更に、田口ランディが原爆と原発について書いた4冊の本をセットにして「田口ランディさんの作品から原爆と原発を学ぶ 4冊セット」を販売している。

◇書店の役割は、多様なコンテンツとお客のニーズを出会わせるところにある。Amazonの普及により、あらかじめ読者が選択している書籍は、Amazonで買うというスタイルが定着した。書店の生き残る道は、書店員が売りたい本を積極的にアピールして、オリジナルな商品を創造するところにあるのかも知れない。

◇すべての本のメキキになることは出来ない。書店員が本音で売りたい本を、丁寧に売ることが、書店とお客との新しい関係を生み出すことが出来るかも知れない。本屋はたくさんあるが、「本屋さん」と愛情込めて語られる店が少なくなった。Amazonは便利だが「Amazonさん」とは呼ばないw 

◇好文の木は、田口ランディの読者コミュニティである「チタ・グランディ」(通称・チタグラ)のコミュニティの中でも部屋を開き、読者からの相談に応じている。

◇インターネットや大規模店舗の大波にもまれながら、書店に限らず、小さなお店が生き延びる方法は、お客との確かな関係を築いていくことしかないと思う。