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いろいろな動きが始まる2015年4月です。
時代の変わり目に、ますますめまぐるしい動きをする
デメ研にご注目を。

「はるちゃん。『好き』って何?なんで『好き』だからほかの人とは違うの?それ、傍から見たら、全部一緒だよ。言動が一致しない。あたしには、はるちゃんの事が、よくわからない。」

――よく、わからないんだ。自分自身のことが。


「うち。自分でも、自分のことがよくわかんない。確かにみちゃんから見たら、うちの言動は伴ってないと思うよ、わかってる。でも『好き』なんだもん。優弥のこと。優弥優しいから、うちのそばに、それでもまだ寄り添ってくれるから、だから、傍にいたいって、思うから、だから。」

「だから、『好き』なの?」

「わかんない、そんなの定義できない。じゃあみちゃんは何で今好きな人のことが『好き』なの?」

「え?」

「じゃあなんでみちゃんは今も好きな人のことが」


そもそも、『好き』と言う感情のメカニズムが、もうあたしにはわからない。と言い聞かせるも、段々と抑えていた感情が、あたしの中で氷解していくのを、あたしは感じ取ってしまった。溶けていく、バランスが、溶けていく、崩れていく。

さっき火をつけた煙草は、もう既に全て燃え尽きて、灰になっている。


――『♪頭の中の僕が 我慢できない声で』

「みちゃんはさあ、好きな人に会いたくないの?会ってその人の肌に触れたいとかさ、一緒にいたいとかさ、思わないの?だって大学生の時、みちゃん…」


――『♪バランスが』

「いや、私だってわかんないよ。今もまだ『好き』かどうかもわかんないよ。だから何も言わないんじゃん!そもそももう、もうすぐに、あいつは…。」


――『♪崩れても』

「『好き』かどうかわかんないんじゃなくて、『好き』であることを認めたくないんでしょ、みちゃんが。余裕がないんじゃないよ?傷つくから?怖いから?でもまだ『好き』としか、ねえ、思えないよ。みちゃん。」

「そんなことない本当にわからない。だって、もう、『本当に好き』だとしても、『好きでいても』意味ないもん。意味、ないんだよ。」


――『♪誰も』

あたしは、言葉に詰まった。かと言って、此処で涙を流すわけには行かない。沈黙を埋めるために、もう一本吸おうと箱に手を伸ばすと同時に、はるちゃんがゆっくりと、あたしを諭すように言葉を放った。


「人って、何も言わなくても、意外と雰囲気で、その人が何考えてるかわかるもんだと思う。言葉が先じゃない。言葉よりも前に、身体は感情を放出するよ。」


――『♪見て見ぬ』

「だから。もう吉岡くん、多分今のみちゃんの気持ち、大体気づいてるよきっと。素直にさ、『好き』って言っても、いいんじゃないかな。」


――『♪振りさ』

「だって。吉岡は、もうすぐ死ぬ。もうすぐ死ぬ人のこと、『好き』で居ても、仕方ない。死後の世界から、迎えなんてこないんだ。」

「死ぬ?死ぬって何?」

「とにかく、死ぬんだよ。あいつは、夏に。死ぬんだよ。だから、意味が、ないんだよ。」


あたしは小声で、言葉を絞り出した。それが、今の、全てだ。これ以上、言いたいことも、言えることも、ない。


「みちゃん。どうした?大丈夫?」

――息が上がっている。


「今の、聞かなかったことにしてくれていいから。・・・てか、なんか。はるちゃんの話、聞いてたのに。」


はるちゃんは、こくんとうなづいた。

悔しいが、はるちゃんの言うことの大体はあたしに当てはまる。そういえば、いままではるちゃんに此処まで言われたことがなかった。


「みちゃんにさ。いま『意味わかんない』って言われて、ちょっとすっきりした。みちゃん、自分が思ったことを直ぐ口にするでしょう?」

「割と。」

「うち、すぐに相手に対して嘘付くからさ。言えないんだ。はっきり。だから、みちゃんのそういう部分、羨ましいと思うし、嫌いじゃないの。だから、思ったこと言われるのが嬉しい。」

「そうなの?」

「うん。でも、いまみちゃんに強く言ったのは、自分の気持ち、隠し通すことで、みちゃん自身が傷ついてるように見えたから。」

「そうだね。傷ついてる。でも、いい。大丈夫。自分の中でなんとかするよ。」

「みちゃん、優しいから。でも、無理しないで。」


 あたしを諭す言葉からも瑞々しさは消えないままだった。何だろう。

「傷ついてる?」そりゃああたしから見たらあんたの方がそう見える。しかしきっと、あたし以上に傷ついてきたからこそ、あたしが抱えている「諦めにも似た、捻くれ曲がった」気持ちなど、直ぐに見通せる。


「みちゃん、もう、うちは大丈夫。」


大学時代、そこまで一緒にいたかと言われたら、そうでもない。嫌いではなかったけれど、何処かはるちゃんは常に『別の空間』にいるような子だった。強そうに見えて、本当は触れると壊れそうな、お砂糖菓子で出来ているような子。本来はそう言う子なのに、自前の頭の良さで、自身の思考と感情をどんどん品種改良していったような。なんだか『人工的な儚さ』と言うものを醸し出しているみたいだ。


――はるちゃん、なんとなくありがとう。

でも、『好き』の向こう側なんか、全然まだあたしには見えない。見たくない。はるちゃんみたいに、あたしにはもうなれない。傷つきたくない。でも、『傷つきたくない』一心で、あたしはあたし自身に傷を付けていたことに気づかせてくれて、ありがとう。だからと言って、答えは出ない。


はるちゃんが携帯をちらちらと気にしだす。


「昔ここら辺のパン屋でバイトしてた。」

「ああ、アンゼリカ。」

「そう。パン大好きだからね。あ、『パンは裏切らない』って、あったよね、うち、言ってたよね。懐かしい!」

「言ってた言ってた。懐かしい。『パンは裏切らない』 人間は、裏切るんでしょ。」

「そう、でもパンは裏切らないから。そろそろ出ようか。うち、これから渋谷に向かう。」

「相変わらず忙しい人だね。」


 そう言いながら、あたしたちは帰り支度をして、お会計を済ませる。


「みちゃん、本当にありがとう。」

「うん、じゃああたしは小田急線に乗ります。またね。」

「じゃあ、また。」


はるちゃんと別れて、改装された下北沢駅の地下まで、あたしは下っていく。

崩れたバランスは崩れっぱなしで、緊張が溶けたその瞬間から、もう階段の位置がよく把握できない。兎に角、長い、地下深くまで、あたしは潜っていく。


――パンは裏切らない。


本当に、パンは裏切らないのだろうか。

いや、パンだって、放置しておけば腐る。腐ったパンを食べる訳にはいかない。そう言う意味では、パンだって余裕であたし達のことを裏切る。


放置しておけば腐る。

今あたしの胸の中を這いずり回る言葉たちも、このまま放置しておけばそのうち腐るだろうか。腐るのならば、あたしはそれを願う。いや、放置することも痛々しく、無理矢理に殺しているのだけれども。吉岡が、この夏に、77日に死ぬまで、待てない。いや、吉岡が死んでもなお、死んだらなお、あたしは『想いを』殺し続けて生きていくのだろう。例え、別の誰かに『想い』が移ったとしても、それも、全部。

だけど、はるちゃんの、あの品種改良されたような科白の瑞々しさは、何処かそのまま腐らせていくには、勿体ない。「所詮は他人事」だから。だろうか。


――貴女の科白を、砂糖漬けにしてやろう。腐らせることの、裏切られることの、ないように。呪いをかけるかのように。砂糖漬けに、してやるよ。


そうするより他に、バランスを保つ方法が、見当たらないから。



終わり

****


この春から、大学に通い直しています。

襲い来る定期試験期末レポートが嫌で仕方がありません。


●「パンは裏切らない」 たかなしみるく 深呼吸歌人153

 「うちさ、みちゃんのさ、ブログ読んでるよ。」

 「あ、ほんとに。ありがとう。」

 「良いの?」

 「え?」

 「良いの?好きって言わなくて。」

 「え?」

 「このままで良いの?」

 「いや、好きかどうかも、あれだしね…余裕とか、ないし。」

 「そっかー。」

 

そっと、ホーム画面に切り替えて、携帯をベッドに投げる。


――「♪頭の中の僕が 我慢できない声で バランスが崩れても 誰も見て見ぬ振りさ。」

28日目の月/0.8秒と衝撃。)



「じゃあ、明日13時に!」


20135月某日。13時に。京王線明大前駅の、改札前に、はるちゃんは、いた。


一通りの挨拶を終えて、一頻り昔の空気を嗅ぎ切った。ここしばらく、はるちゃんとはメールでやり取りしていたので、「物凄く久しぶりに会った感じ」と言う感じは、あまりしなかった。周りの学生たちが飲み会の時間を打ち合わせている会話が聞こえるような時間帯に、それを聴きながら、あたし達は井の頭線に乗って下北沢まで出て、はるちゃんに連れられて、カフェバーに入る。

あたしは、大学の喫煙所で拾ってきたライターで、煙草に火をつけ、煙を吐いたあとに、はるちゃんの方をちらっと見た。彼女は携帯をずっと弄っていた。バイトのお兄さんがグラスを2つ持って、こっちにやってきた。なんとなく、3年ぶりの再会に乾杯をして、なんとなくビールをごくごくと飲んだ。おいしい、単純に。おいしい。

はるちゃんは、自分の脳内からうまく言葉を選び出すようにして、あたしに色々と質問をしてきた。どれもこれも、差し障りのない範囲内の会話で留まった。あたしが話すと、はるちゃんは「うんうん。」と笑顔で返してくれる。優しいのだけど、でも何処かその笑顔になにか引っ掛かるものを感じる。


――作られたような、でも作られていないような、笑顔。


「でもまあ元気にやってますよー。」


と、あたしが言ったか言わないかぐらいで、

「みちゃん、ごめん。」


急に、はるちゃんはつぶやいた。


「ごめん!みちゃん、ごめん。」

 「え。何、なんの話?」

 「さっき、歩道橋で嘘ついた。」

 如何せん話題の振り方が唐突だ。彼女の心理状況に追いつけない。彼女はあたしの状況判断を待たずして、いきなり泣き出した。

 「いや、まあ、え?何?」

 「だから、どしたの。嘘って?なんのこと?」

 「みちゃん…。」

 「ん?」

 「あたし、歩道橋んとこで、東京来て今んとこ凄い楽しかったって言ったじゃん?」

 「言ったねぇ。」

 「でもね、あたし全然ダメでね、昨日ね、1日でね、3人と…うん、3人と。」

 

――寝たっつうらしい。


 「うん。それで?」

 「いや、だから、それ嘘付いちゃったから。なんか、なんか申し訳なくなって…」

 「はあ。いや、別に申し訳なく思うことないよ。ただびっくりしただけで。」

「なんか、みちゃんが一生懸命うちの言うことに答えてくれる姿見てて、『ああ、なんでこんなうちに、みちゃん付き合っててくれるんだろう』って、考えちゃって…。」


――なんだかぎこちない謝罪の科白だな。

言われて悪い気はしなかったけれど、その科白には、窮屈さを感じる。居心地が悪いと言うのか。


 「それで、3人って…どの?」

「ソウタと、優弥と、あと、ナカハシくん。」

 「ナカハシくん?」

 「そうだよ。あの子だよ。連絡付いたから一緒に飲んで、泊めて貰ったら流れで。でもね、あのね、優弥とのはね、他の2人のとは違うの。全然違うの。『好き』だから。今も『好き』だから違うの。それは自分が望んだことだから、いいの、納得してるの。頭なでてくれて、手ぇ握ってくれて。違うの、ちがかったの、ちがくって…。うん。チガウんだ。」


――「好き」っていう言葉の向こう側に、一体何があるというの。

「違う…。」


――ちがく、ない。でも、違う。

「『好き』だから。」


――その言葉の向こう側に、一体何が・・・・・・・。

「うん。そっか。よかったね。『好き』な人と、デキて。」。


そこから先、はるちゃんが一方的に呟く「科白たち」は、非常に瑞々しかった。ふるふると震える心の奥底からは、後悔罪悪感自己嫌悪感といった類の負の感情から、或いは其処には自尊心や自己を他者より有利に見るような感情まで、一緒くたになったものが熟れたての果実の果汁のように、じゅわじゅわと湧いてくる。その瑞々しさは、何処か計算されたようなものの感じもした。品種改良を重ねて、作られたような、瑞々しさ。それは感じ取れても、どうしてかはるちゃんの「科白たち」は、もうあたしの心には浸透しない。これだけの事を言っておいて、まだ『優弥のことは、特別』なんて。言わんとしていることだけは受け取っておくけど、説得力なんか、ない。というよりも、「説得されたくなかった」。その考えを振り払うように、あたしはグラスに口をつけて、ぐっとビールを飲み込む。

別に、はるちゃんと争う気はない。争う気はないのだけれど、次に出てきた言葉は、一戦起こしそうな言葉だった。


続く

****


この春から、大学に通い直しています。

襲い来る定期試験期末レポートが嫌で仕方がありません。


●「パンは裏切らない」 たかなしみるく 深呼吸歌人153
橘川幸夫放送局通信

リアルテキスト塾の塾長、塾生による総合メディアです。

著者イメージ

橘川幸夫

◇「ロッキングオン」「ポンプ」などを創刊。文章を書くとはどういうことかを考える私塾を主宰。

http://www.metakit.jp/r-juku/
メール配信:ありサンプル記事更新頻度:不定期※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

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