• このエントリーをはてなブックマークに追加

洋子さん のコメント

自由と不自由は、共に、ひとりの人間「自分」、の中でこそ、両立?共存?しうるのでしょうから、どちらの意味も正反対のようで、やっぱり同じような意味なのかもしれない、と思いました。
そして、そのことにきっと勘づいていたとしても尚、正反対だと言いたくなるし、ふたつを分けて考えたくなる、、そんな風なイメージもあります。(これは菊地さんの専門分野のお話しかもしれませんね)
分けるも分けないも、小さな世界での出来事でしかないのかな、と、思うのです。そんなようなことを、最近はやたらひっそりと、少しかなしい気分で、思い出したように、胸に抱く時があります。

リリック大会、盛り上がっていてたのしいですね。笑
No.21
31ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 なんと驚いたことに2月が終わってしまった。ついこの間まで「岸辺露伴は動かない」の準備に勤しんだり、新音楽制作工房を立ち上げたりしていたと思っていたのに。    告白するけれども、実は今、学生のような気分だ。あらゆる意味で「<学者>のような気分」という方が些か正しいのだろうけれども、マインドが若々しいとうか青臭い。学生の頃は全く勉強しないやつだったんで、これはイメージになるが。    新しいバンドでカヴァーするスティーブ・コールマンの「 HARMATTAN 」という曲があり、シンプルな話、いわゆる「難曲」である。 DCPRG で言えば「 circle / line 」に近く、難曲すぎて作曲者自身が1度も演奏したことがない(「 circle / line 」はトライはされたが完奏されなかった)。    「難曲」にも様々なリージョンがあるが、これは「多重録音の結果」と「作曲者の狂気(特に偏執性)」が結びついた形で、とてもシンプルな構造理解にかなりの時間がかかり(この件は、伝わりずらいと思うが、僕は構造読みは早い。特にリズム構造は本を読むように読めるが、和声の構造読みは音楽家平均よりも数ミリ低いぐらいである)、五線紙にぺんてるで何度もトライ&エラーを繰り返した後に(「大作家」コントみたいに、くしゃくしゃに丸めた五線紙で部屋がいっぱいになった)、実際に正しい構造読みができた時には「うわあああ!!こうなってたのかあ!!」と、学生のような気分になった。  
ビュロ菊だより
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。