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crls-tvzさん のコメント

「ロシアの嘘」に対し『今はSNSがあるからこういう嘘がすぐバレる(から安心)』
とか
『「(制空権とかと並べて)現代は制脳権の時代』だから情報戦が重要となってくる」
とか仰る方々がおりますが、現代も何もそんなもん弥生時代でもASKA時代でも人間の頭が始めたことは人間の頭に返ってくるだけだと思うんですが…。ナチスでも何団体でも兵器「だけ」で政権を奪取し他国を制圧したわけでは無く、菊地さんが仰るように、人間はイメージに動かされているということが更新されたに過ぎない、と改めて感じます。

まさかこの戦争ってコンピューター、改めエイアイ笑が、人間の頭を支配するために始めたんですかね笑。

紛争地域は中立語たる(無難な)英語で、という「スプラトリー諸島」や、こちとら高貴な英語族が仕切る国ざます、といった「ローデシア」、「コレなんちゅう球蹴り遊びや?フーットゥボーゥ?おーいみんなー、futbol言うんやてー」とスペインなどで広まった外来語としての「フトボル」など、言語往来の経緯は様々ですが、昨今の国名変更って何か不自然ですよね。

高校時代の記憶がよぎりますが、世界史の授業でマカートニー使節団を「(あのポール同様に)マッカートニーじゃないの?」という同級生に対し、減点されるから教科書通りに書け、とか言ってる教師がいましたが、当時なら、「いやお前ら近づけるならダ・ビィロウゥズのポウゥ・ムカーッニィだろ笑。大体にして外国要人の名前はファミリーネイムだけで呼ぶのに日本などの極東人はフルネイムで呼ぶ習慣の方がおかしいだろ。逆に外国旅行番組とかで知らん外人を親しげにファーストネームで呼ぶな、、

などと色々書いてしまいましたが、クバ人やチレ人の友人がいれば、いやいなくとも、彼らの言い方は尊重したいと思います。媚を売るとか、利害関係を計算して外国人と付き合う、、それって大袈裟に言えば奴隷貿易なんじゃないでしょうか。
日本は英語圏だと言い切れればなんでもイングリッシュ君の話し方に合わせればいいと思いますがどこか納得のいかないところがあって、それこそ紛争しているわけでもないのに半端に英語を経由する必要なくないか?と思ってしまいます。

言語、或いは文化や音楽に優劣や階層、強弱があるというのは、現象としてあることは認識していますが、少なくとも理念としてあってはならないと思います。

イメージ、といえばロシア代表団のメジンスキー氏(スーツがカッコいい、などと言うと親ロシアか?と言われそうな風潮ですが、俺の親は日本人じゃいボケ、と言ってやりたいですね)
がショスタコーヴィチに、ゼレンスキーの服装がフィデルカストロのグリーン系のカーキ(オリーブ色?)からブラウン寄りの、原義的なカーキへと変わり、あの金正日に見えてくる昨今です。
菊地さんはプーチンを含めたロシア側の服装についてどう思われますか。長々とすみません。
No.8
32ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 驚くべきことに、3月も終わってしまった。「ラディカルな意志のスタイルズ」のリハーサル(準備の方が手間がかかる)、オーニソロジーの新作、 QN / K の新作、割り込みで入ってきた映画音楽、この日記、3つの連載、大恐慌へのラジオデイズ、そのほかのコンテンツ、新音楽制作工房の運営、ペン大、美學校、「 i 」が壊れたまま、これらが並行して走っている。今、文末の「走っている」が、「走ってる」になっていて、ポエムみたいになったので、慌てて「い」を差し込んだところだ。    あからさまに分かる誤変換よりも、こちらの方が厄介だ。「知っている」と書いて「知ってる」と出力する。文字を落としても言葉は通じる。コスパ的にもノリ的にも、1文字でも略したい、例えば Twitter などは、これを意図的に取り入れているはずだ。当然「取り入れているはずだ」は「取入れてる筈」になる。歌の歌詞のように見える。あとひと押しで、「取入れ
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