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ビュロ菊だより 第十五号 菊地成孔の一週間
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ビュロ菊だより 第十五号 菊地成孔の一週間

2013-01-29 00:00
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菊地成孔の一週間〜ニコ生によって、30代の男性が読者のメジャーだと知って呆然としている、それにしても「地球温暖化」ってまだリアルに心配してる人いますかね、それすごい余裕じゃないですかの1月第3週〜


1月21日(月)

 UOMOの連載の為にワーナーの試写室に行く。「クラウドアトラス」は、間違いなく映画史上初の試みを行い、我々を大いに驚かせるが、それを一体どうやって説明すればいいのか、非常に難しい事に成ってしまっている問題作である。

 まず、監督が3人制で、実にウォシャオ<マトリックス三部作から10年ぶり>スキー兄弟、そして、日本では「ラン・ローラ・ラン」(98)という、新感覚派(実に曖昧な表現だが、実際当時はそう言われた。ストーリーは、テクノミュージックに乗って、髪を赤く染めたレズっぽい女性が、あるシンプルな理由で、作品中とにかく走り続ける)ドイツ映画の監督なのだが、監督が2人以上と言えばオムニバス映画かと思えばそうではない。しかし今、そうではないと言ったばかりの口で「いやいやいや、実際オムニバス映画か」と言い直さざるを得ない内容でもある。既にこの段階でやや面倒くさい訳だが、ご覧に成ればこの文脈はすぐに解る。

 しかも、ザ・ウシャオスキーズがこの10年間、何をしていたかと言えば、主に兄貴が姉貴に性転換していた。ということで、要するに今やウォシャオスキー姉弟なのだが、一般的にはこうした若干スキャンダラスでプライヴェートな事実によって、映画作品について色眼鏡で見てはいけないというのが、映画批評をする上での倫理というものであろう(作品が、自己を投影した性転換者を扱った作品とかでない限り)。

 監督が性転換手術を受けていようと、殺人罪で刑に処された過去があろうと、アラブ市長国連邦の御曹司であろうと、知能が異様に発達したオランウータンであってさえ、作品は作品自体であってフラットに接するべきである。と、またしても言ったばかりの口は、こう言うしか無いのである「3時間に及ぶ、完全な性転換感覚。ほとんどそれだけの映画と言っても良い」。会場に辛酸なめ子氏やグ・スーヨン氏がいたのだが(自分の前の席がグ氏で、グ氏の「タクシーエム」での創成期からの大活動によって、氏のファンである自分は嬉しかった。因にグ氏はニットのインナーにボロボロのジャミロクワイ・オフィシャルTを着ていて、また更に好きになった)、帰り際、町山広美氏にお声がけ頂き、一言二事会話した、その内容は「すっごい性転換感覚じゃないですかあ〜」「いや完全な性転換映画ですよ。性転換映画」というものだった。勿論、性転換は作品とは全く(具体的には)無関係である。

 UOMOの映画評連載も地道に2年目に入ったが、この2年間で一番面白かったのが「アベンジャーズ」で、次がこれだ。とにかく驚くし(CGとか3Dとかいってデジタルな驚きではない)、かなり面白いので(脚本は、あって無きような物であるが)、責任を持ってお勧め出来る。批判派も多いと思うが、彼らだって面白がっている筈だ。

 UOMOで使われるかどうか微妙だが、「Mr.スポック・トラウマ」が総てを支配していると思う。と、かなりのヒットが予想され、しかもこの後「UOMO」で批評を書く訳だから、ネタバレの危険回避も含めてここまでにしておき、一般に公開されたら改めてここで批評を書こうと思う(その前に、広告に推薦コメントを書く事に成ると思うが→帰り際に依頼されたので)。

 一点のみ、ペ・ドゥナのセックスシーンがあるのだが、これがもう絵的には普通にポルノで「ええこれ大丈夫なの?あのう腰が物凄く動いてるんですけど」と思ったら、案の定劇場ではボカしが入るとの事。近年ここまで「やったあ得したあ」という気分に成った事は無い。

 ペン大理論科高等。15年に及ぶペン大の歴史で、初めて「卒業(その科の終了)」と「ペン大学院(マスター/ドクター)の設立」を行う事に成った(まあ、クラスの名称が変わるだけだが・笑)。理論科高等はあと2回で終了するが、美学校と同じく最後の分析対象はドナルド・フェイゲンの「スノーバウンド」だ。

板書しながら「これは<雪で通行止め>という意味だから、まさにタイムリーな曲ですけどねー」と言ってみるものの、苦笑がちらほら、といった感じ。みんな雪にうんざりしているのだ。

 朝型の生活(大袈裟。夜中の5時に寝て正午に起きているだけ。なれど自分には大変な生活革命である)がおそらく(未だに信じられないのだが)が続いており、完全に定着するまでには様々な生理学的な影響がしばらく出るだろうが、そのひとつか、14時位と23時位に異様に腹が減る(そんな事か)。前は25時位がディナー欲マックスタイムだったから、時間帯は単にシフトしただけとして、腹の減り方が異様で、狂ったようになる。何だこれは。

 現在、職安通りに3店舗ある(全盛期は――お馴染み韓流の大波により――調子こいて何と6店舗あった)焼き肉の「幸永」は、韓流の嚆矢だと言える。

 まだこの通りがコリア一色ではなく、チャイナ、ロシア、ウズベキスタン、マレーシア、タイ、ベトナム、ブラジル、プエルトリコ、アフリカのどこか。といったとてつもないハイブリッドだった頃から(本当に懐かしい。総ての公衆電話は破壊され――5〜6カ国語で警告が貼られていた――、大久保通りには各国の売春婦がいて、大変な数のホームレスたちはあらゆる古いビルディングのエントランスに手製の家屋を作っており、そこかしこで日常的にピッキング強盗と殺人が起こっていた。今ではピカピカの韓流竹下通りで、観光客が早朝まで出歩いていても安全である)、炭火焼き肉一本槍でブランド定着を勝ち取ったのである。自分は「塩ダレ(塩胡椒ではなく)」と「ホルモンの脂が炭火を巻き上げたら氷を置いて鎮火する」は、幸永で始めて見た。

 「死ぬ程喰う」という言葉は比較的イージーに使われるが、本当に腹のみならず背中や食道までパンパンになるほど喰う事は、大食いの自分でも数ヶ月に一度だ。そして幸永ほど「死ぬ程喰う」事に向いている店はない。

 まずミスジとケジャンとチャペルドギと馬肉ユッケで大ライスをささっと喰ってしまい(これが前菜)、それからサラダとマッコリをアテに5〜6種の大量の肉と内蔵をゆっくり喰い、最後に大ライスが再び登場し、ユッケジャンスープに投入されて(最初からクッパにするとライスが少ないので)締めになる。

 無茶苦茶ワイルドな喰い方だろ〜。と書きたいところだが、なんとこれがデフォルトの人々が居る。プロレスラーや巨漢のグルマンディーではない、中国人の観光客である。彼らの喰い方は、惚れ惚れするのを通り越し、若干恐ろしい位だ。最近、おそらくワインとパンとバターのせいでアメリカ風に肥満した富裕層も散見するが、基本的に彼らはどれだけ喰ってもみな痩せている。代謝が狂ったように高いのであろう。

 


1月22日(火曜)

 当メルマガの人気コンテンツ「ポップアナリーゼ」(後述するが、アンケートによって、この「一週間」と五分五分の2トップだという事が解った。絶対に数の操作があったと思う。自分的には圧倒的に「ポップアナリーゼ」の一点張りである)の2月分収録。

 番組をご覧頂ければ解るけれども、昨年(シーズン1)がゴリゴリの楽理、1月(シーズン2)がエンタメだったので、2月以降(シーズン3)は楽理とエンタメのキメラにした。

 というか、これはペン大理論家のアナリーゼの授業の定番コンテンツなので(4年位前に作った)、一種の通信教育というかTVペン大みたいなものだ。定番コンテンツはあと20個ほどある。「GINIEは何故優れているのか?」も、そもそもその一つである。

 ご覧頂ければ内容は瞭然とするが、「テキストコンテンツは読んでいるが動画は難しいからパス」という皆様にも見て頂けるよう簡単に内容を書くならば、まず渋谷系の聖典ロジャーニコルス/スモールサークルオブフレンズの「ドントテキュータイム」(68)を中央に、バートバカラック/カーペンターズの「クロストゥユー」(70)、並びに「世界は愛を求めている」(65)を両脇に挟んで、ビルボードに記録された売り上げコミで、この3曲を比較分析(この3曲は、共にA&Mであり、共にそのブランドに忠実に、「間奏で半音上がり、Aメロを管楽器が吹く」というフォームを守っているので、比較の具体的な足がかりがあるのである)することで、「売れている楽曲は<良い曲>なのか?」というテーマを設定、90年代には「渋谷系」という形で現れた「売れているとダメ。売れていないのが優れている」という古典的なメンタリティーについて追求する。というもの。

 因に、現在更新中の「新春転調ショー」もかなりポップなのでチェック頂きたい。「何せ再生回数が少ない割に手間と金がかかるのでもうカットだ」と言われているのである。再生回数のうち毎回100回位は自分だ(三輪君が見たくて)。

 収録はいつもの調子だったが、今回は小田さんが、生まれて初めて「ドントテイキュータイム」を聴いて興奮し、軽躁状態に成っているのが見所である。途中からほぼずっと笑っているので、ヒステリーや躁鬱病(両者は全く別物だが)に敏感な人はヒヤヒヤするかも知れないが、小田さんは大丈夫だから安心してほしい。

 終わって、ニコ生になった(DCPRGのライブストリーミングの再放送とコミで)のだが、微妙に時間があるので事務所となりのビル地下にあるタイ料理屋に行って、干し肉を揚げた前菜や、鶏のクリーミーで辛いスープ等でジントニックをやっていたら、たちどころに出演時間となり部屋に向かった。

 ニコ生は何度かやったが、まだ慣れない。「アフロディズニー」の慶応講義のとき(08年)に始めてニコニコ動画について授業中に教えてもらったのだが、それ以来、未だにあの、流れてゆくコメントの本質がどういうものなのか理解できていない。

 自分が何か言うたびにどわーっとコメントの絨毯を流れる気分としては「都会から田舎の学校に転校して来た転校生の初日」といった感じなのだが、これは恐らく違うと思う。やはり本質を掴めていない。「こんなにいっぱい流れたら読めないですよせっかく書いてもらっているのに」と思う段階で完全に間違っているのだ恐らく。

 今回は、第一には自分が着席した瞬間に、それまで円滑に動いていたシステムが一発でバグったのが(インターネットを破壊する魔法使いにでもなった気分である)、第二にスプリット画面を使ったアンケートが非常に面白かった。マーケットリサーチごっこである。

 現在の自分は、大凡4つのマーケットがあり、それは「ライブの聴衆」「ペン大及び美学校の生徒」「ラジオリスナー」と「メルマガのユーザー」である(本当はもっと数多く、複雑に絡み合っているのだが。そして特にここでは「著作の読者層」が入っていないので、大きく片手落ちなのだが)。

 うち最初の2者はこの目で直接確認出来る。そして3者目のラジオは、レーティングの際に世代、性別の非常に細かいリサーチが出る(あの集計を、自分は20%ぐらいしか信用していないが、集計結果などというものは、20%信用していれば100%信用しているのと同じである。自分にとっては)。それによって自分は、「自分の持っている全部のマーケットの姿が全く違う(ライブなんて、バンドごとに全然違う)」事を知っている(故に完全コンプ(←重語)の方の人数も知っている。2名である)。

 なので類推から、全く未知だった「メルマガのユーザー」というマーケットも、他と全然違い、具体的に言うと「10〜20代の男性が圧倒的に多いのではないか」と思っていた(因にラジオは、同時間帯だったら、自分の番組は「20代男性と50代男性と60代以上女性」を、NJTも押さえて独占状態である。他をNJにとられている。30代は男女とも、少なくともリサーチ上には現れない)。

 しかし結果は何とメールマガジン「30代男性の園」であって(笑)、これには本当に、腰が抜ける程ビックリした。あの「コメント」が、自分にはどうしても10代以上をイメージさせない。あれは(悪い意味ではなく)ガキのやるもんでしょう。特に田舎のガキだよあれは。というのは、本当におじいちゃんの発想だなと思う。こっちがズレているのだ。ズレ上等、更にはレズも上等だとはいえ。である。

 余りに驚いたので思わず「えええええ?30代にもなってこれなのか(笑)、えーと、はい。そうですねー。はい。解りました。チャンネル自体を止めます(笑)」と言ってしまった(笑)。勿論冗談である。今後は「30代女性と70代女性」がトップに来るように頑張ろうと思う(再び勿論冗談である。今度とも精進させて頂きますので、何十代の何性の方も総てヨロシクお願い致します)。

 ニコ生が終わったら、おなじみピットインのカンちゃんとスカパラのGAMO氏から呑みの誘いが入っており、面倒なので全部まとめて(要するに、三輪君や小田さんも一緒に)いつもの、最後に寄るバー(この店の名前だけは出せない。新宿文化人、水商売の人々の隠れ家だからである。とんでもない人と出会う)になだれ込み、何故かテキーラサンライズ。そういえばタイ料理屋でも(珍しく)ジントニックだった。アーバン、いやアーベインな気分にでもなっていたのだろうか。

 

 
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