7月31日に発売した『キャストサイズ夏の特別号2015』で
村井良大さんに『RENT』についてインタビューさせていただきましたが、
キャストサイズチャンネルでは、そのインタビューの続きを掲載。
9月8日から始まる『RENT』に合わせて、ぜひお読みください。

■Profile:
村井良大(むらい・りょうた)
オフィシャルブログ:http://ameblo.jp/murai-ryouta/

役者も翻訳と戦わなければいけない

村井 『RENT』って知れば知るほど面白いですよ。僕の知らないこともいっぱいありますしね。

――村井さんが知らないことって、どんなことですか?

村井 たとえば、アメリカンジョーク。正直、日本人にはわからないと思います。でも、僕が海外でミュージカルを見たとき、セリフが英語でまったくわからないんだけど、笑える部分はあるんですよ。これって何だろう? と思ったら、(スタッフ・キャストの)本人たちが面白いと思ってお芝居をしているから、ニュアンスが面白かったり、空気感が面白かったりするんですよね。それで、ついこっちも笑ってしまう。意志を持ってセリフを言ったり、歌ったり、体を動かしたりしないと、伝われるものも伝わらない。アメリカンジョークでも、僕らがちゃんと理解して演じれば、ちゃんと面白いはずなんです。

――日本人の感性にないようなジョークでも、演者にしっかり意志があれば伝わるということですか?

村井 そうですね。それを感じたのが、新国立劇場でやった『シアワセでなくちゃいけないリユウ』のときだったんです。もともとは海外の作品なんですけど、やっぱり役者が理解して演じていると、ちょっとしたジョークが面白くなるんです。

――テレビのお笑い番組に出てくるようなギャグとはまったく異質なものなのに、ちゃんと伝わるんですね。

村井 それが面白いなぁ、と思って。今、『RENT』の挿入曲の「La Vie Bohem」を練習しているんですけど、曲が始まる前にレストランの人間が「今日は大事なお客さんが来ているし、あなたたちはお金を払わないから帰ってください」と言って、マークが「いや、そんなことはない。先週紅茶を頼んだじゃないか」「そのときもお金を払ってないでしょ」「ああ、そうでしたね」というやりとりがあるんです。英語では「払ってないでしょ」が「You couldn’t pay」で、それに対する返事が「Oh, Yeah」なんですね。ここは「Oh, Yeah」が一番面白いんです。でも、日本語に直すと「そうだったね」になる。そうすると、もうギャグとして違うんですよ。それのすり合わせが難しいんですよね。「もっと面白いはずなのに!」と思ってしまう。「車がオシャカになっちまったぜ……サイコー」みたいなギャグがあったとして、英語だったら「サイコー」は「Great!」のはずで、やっぱり「Great!」のほうが面白い。だったら、いっそのこと「Great!」と言ってしまったほうがいいんじゃないか……。この翻訳とニュアンスの難しさと戦わなければいけないんです。

――役者も戦わなければいけない?

村井 日本の方向けに見せるわけですから、日本の方向けに『RENT』のギャグの部分も面白さを伝えなければいけないと思います。笑える部分は笑えるようにし、感動できる部分は感動できるようにする。それを役者もちゃんと理解して表現しないといけないと思うんですよね。

――この前、平野良さんが出演されていた「ハンサム落語」を見てきて、演出家の方にインタビューしたんですけど、落語を知らない人に見せるためにわかりやすさを追求する一方で、元の落語にある古い言葉はわざと残しているとおっしゃっていました。意味はわからなくても、やっぱりそこが笑いのポイントになっていて、案外お客さんにも受けるんだそうです。

村井 そうなんですね。言葉の意味がわからなくても笑っちゃうってことは本当にあるんですよね。

――生の舞台ならではのことかもしれません。

村井 たしかに、映画だと「次はどうなるの?」と段取りが気になりますね。そういう意味では関西の方のキビしさに似ているかもしれません(笑)。ひとつ面白いことがあると、関西の方は「それで次どうする?」と階段を踏んでいく感じなんです。

――関西の方、特に芸人さんは、話を「運ぶ」という表現を使いますね。発端から展開、落ちに至るまで、段取りを追って話をしていくことを「運ぶ」と言うそうです。

村井 芸人さんのお芝居が上手いところは、話を運んでいるところだと思うんです。今自分はどうなっているのか、こういう状態だから、こういうことをするんだ、という道筋を立てながらお芝居をしているんですね。話を聞いていても面白いし、お芝居を見ても面白いんです。『RENT』に話を戻すと、段取りを超えた部分の英語をどう理解して、どう日本語にしていくか、とても難しいですけど、やりがいがありますね。

『RENT』の日本語訳もやっている

――今までのお話を聞くだけで、村井さんが『RENT』をものすごく楽しみにしていることがよくわかりました(笑)。

村井 ハマるぐらい楽しいですね! 今、『RENT』の日本語訳もやっているんですけど、面白いんですよ。

――ちょっと待ってください。村井さんが日本語訳をやっているってどういうことですか?

村井 『RENT』の英語版の台本を持っているから、がんばって自分で翻訳しているんですよ。もう、ぜんっぜんわからない!(笑) ぜんぜん進まないですし。

――えーっ、すごいですね。だって、日本語の台本はちゃんと来るんですよね?

村井 もちろん来ますよ!(笑) ニュアンスを掴むため、ですね。ぜんぜんわからないですよ。「We were golden」の「golden」って何? とか。いろいろ調べてみると、金融的な優遇措置という意味らしいんですね。日本人が「golden」って聞いたら、「金色の」ぐらいしか意味なんて浮かびませんよ(笑)。

――ひとつの言葉の裏には、その人たちの文化だったり、時代だったり、いろいろなものが反映されているんですね。ギャグかもしれないわけですし。

村井 『RENT』はいっぱいありますね。ラテン英語も多いですし、ラテンのギャグもあります。韻も踏みますよね。「La Vie Bohem」をみんなが歌っているところで「Creation, vacation」と来て、マークが「Mucho masturbation」と続いて「下ネタかよ!」とツッコミを入れられるところとか。歌と言いつつ、言葉のキャッチボールですよね。韻を踏みながらウィットに富んだ会話ができるアーティストの若者たちが集まっているんだよ、という意味でもある。

――僕、実は「La Vie Bohem」のシーンがすごく好きなんですよ。

村井 へぇー。どうしてですか?

――あの曲って「俺たちは芸術家なんだ!」という彼らの決意表明のような歌じゃないですか。生活は苦しいし、つまらない現実はたくさんあるんだけど、俺たちは芸術で戦っていくんだ、でもそれは一般的な幸せからは遠く離れたものなんだ、ということを歌っていると思うんです。

村井 うん。「La Vie Bohem」は、実は強がりの歌でもあると思います。強がりだとしても、「今、この瞬間が最高に楽しい!」って滅茶苦茶にやっているんです。

――彼らの感覚は、村井さん自身の感覚と遠いものですか? それとも案外近いものですか?

村井 そうですね……。シビアな話をしてしまうと、いくら「絵を描くぞ!」といっても、「お金になってないならダメじゃん」という話になりますよね。簡単に言うと、「嫁には行かせたくないな」と(笑)。

――マークがちょっと稼ぐシーンを見ると、こちらも少し安心しますからね。

村井 ラストも全員が幸せになるわけではないですからね。お金持ちになるような話ではありませんし、死んでしまう人もいるし。だから、お金という切り口で見ると、『RENT』はつまらない話なのかもしれない。ダメな人の集まりでしょ? ということですから。それこそ、僕たちの仕事でも「役者やってるんだ。お金あるの?」と言われてしまうことだってあると思うんです。そういう見方もあると思います。『RENT』の場合、舞台だから気楽に見ることができるのかもしれませんね。

――あくまでフィクションですからね。

村井 お芝居にしても、映画にしても、フィクションを見るということはストレス解消につながっているわけですから。面白いことを一緒に仕事をした演出家さんが言ってくれたんですけど、「僕らがやっている人を殺したり、殺されたり、巨大な敵をやっつけたりするようなお話は、見ている人が絶対に体験できないようなものだけど、感情移入して疑似体験できるからこそ、いろいろな気分を味わうことができるんだよ」と。いろいろな感情を経て、見える景色がある。そのために僕たちはストーリーを運んでいくんです。現実では見られないような景色を演者が演じることによって疑似体験できる。「お金はないけれど、僕たちはアーティストとして生きているんだよ!」というお話が、すごく素敵なものに見える瞬間があると思います。マークたちがリアルに隣にいたら「え~っ?」と思うかもしれませんけど(笑)。舞台の上、スクリーンの中で描かれていたからこそ、楽しめるんでしょうね。

舞台の上で一番美しいもの

村井 映画版の『RENT』って、僕は正直言ってあまり感動しなかったんです。たぶん、それは画が美しすぎたんだと思います。舞台版は背景が真っ黒なんですけど、その分、お客さんが想像できるから、いろいろなことがわかるんじゃないかな。最近、舞台の上って役者の気持ちや魂だけが乗っかっていると感じるんです。

――舞台には役者の気持ちだけがある?

村井 (舞台の上は)まっさらな状態なんですよ。真っ黒の背景を見て、お客さんはいろいろな想像をすることができる。僕はなるべくセットが少ないほうが面白い舞台になると思います。僕、舞台の上で一番美しいものって何だろうな、と考えたとき、以前『レディ・ベス』を見に行って、加藤和樹さん演じるロビン・ブレイクがターザンのように木の蔓にぶらさがって、お城の上にいるお姫様を助けに行くシーンを思い出したんです。蔓につかまって揺れている男の人が手を伸ばし、それに向かって女の人も手を伸ばす。その手と手の間が一番美しいと思ったんです! 

――ロマンティックですね。舞台の上に背景はあるんですか?

村井 背景は何もありませんでした。このシーン、傍から見たら「ターザンの真似なんかしてないで、城の壁を登っていけよ」「お前、作り物の城から自分で降りてこいよ」とツッコミたくなるかもしれない(笑)。でも、手と手の間にストーリーがあって、それが一番美しいんです。思いと思いがつながろうとした瞬間が美しいなぁ、と思いました。

――何もない空間が美しいと感じたわけですね。

村井 見方なんだと思います。寂しい気持ちで見たら、すごくつまらないかもしれないですし。見逃してしまうようなシーンかもしれないし。

――先ほどのアメリカンジョークの話じゃないですけど、演者の意志でお客さんの目を何もない空間に集めさせることもできるんですよね。

村井 そうです、そうです。役者はそう思って演じたいですね。和樹さんが掴みたいと思ったベスの手までの距離は、すごく素敵な距離じゃないですか。それはまわりから見ても、すごく素敵な距離になるんですよ。それはすごくいいなぁ、と思います。その距離を大切にしている人は、ちゃんと観る側の記憶に残ると思います。

――こうなると『RENT』の舞台は、一瞬たりとも見逃せませんね(笑)。何もない背景からも、いろいろなものが見えてくるかもしれないわけですから。

村井 そこに目を向けさせたいですし、いっぱい練られて書かれているものを大切にして演じていきたいですね。

キャストサイズ夏の特別号2015スピンアウト!村井良大インタビュー①も読む

■『RENT』オフィシャルサイト

テキスト:大山くまお