海燕さん のコメント
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あなたは疲れている。物語を読むことに、疲れ切っている。
思えば、随分とたくさん読みつづけてきたもの。何千冊と読んできた本の、その大半が物語なのだ。少しくらい疲れても無理はない、そうかもしれない。
だから、この頃のあなたは、事実を扱った本ばかり読むようになった。あれほど好きだった物語を読むことは、すっかり少なくなってしまった。そんな自分を、あなたは少し寂しく思っている。
ところが、昨日、あなたは、一冊の、いや、三冊の本を手に取った。あなたの好きな作家、こうの史代の最新作だ。
『この世界の片隅に』 。上中下巻で一作の物語を形づくっているらしい。
あなたの信頼するウェブサイトでも絶賛されていた。傑作かもしれない、ぼんやりそう思う。あなたは三冊をいちどに購入し、読みはじめる。
物語は、昭和九年正月の広島を舞台にした「冬の記憶」に始まる。すずという名の幼い子供を主役に綴られる、少しふしぎなお話だ。
そのあと「大潮の頃」、「波のうさぎ」が続き、すずは少しずつ歳を取っていく。そして、いよいよ、『この世界の片隅に』が開始する。
始まりは昭和十八年十二月。あの幼かったすずはもう大人になっており、嫁入りの話がやって来る。この時代、親が縁組を決めるのはあたりまえのこと、すずも特別気に病むことなく、呉の家に降嫁する。
そこから始まる新しい日常。無口な夫、科学好きの義父、足の悪い義母、意地悪な義姉、幼く愛らしい義理の姪らとのそうぞうしい日々がユーモラスに綴られる。あなたが良く知っているこうの史代の世界だ。
こうののユーモアは素直である。緊張と緩和のくり返し。あなたは時に微笑み、時に噴き出しながら、物語を読み進めていく。
そう、どうして微笑まずに読むことができるだろう。あなたよりもっと疲れた魂のもち主でも、この作品にふれるとき、ほのかな微笑をこぼさずにいられないだろう。それほど、すずの日常は巧まざる笑いに満ちている。
時は戦時中、それなのに、彼女のまわりからは笑声が絶えない。すずにはひとをしあわせにするふしぎな力があるようだ。初め彼女にきつくあたる義姉も、いつのまにか、すずに感化されていく。
戦時下の楽しい日常。穏やかで愉快な日々。すずの生活は七十年後の世界に住むあなたには貧しく苦しげなものに映るが、すず本人は少しもそう思ってはいないようだ。
どんな時代にもささやかな幸福はあるものだ、そうあなたは思う。このまま時を停めて永遠に保存しておきたいような、そんな幸福。
しかし、それでも、時を留めることはできない。少しずつ、少しずつ、すずの日常は戦争に
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