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tijinsさん のコメント

・彼女や妻が居たことは一度もない
・誰も読まないブログを十年以上書き続けている
典型的です

原罪という訳ではありませんが……
生きている限り、廃棄物を出して環境に負荷を掛けている、
社会に迷惑を掛けているという意識は払拭できないものです。

もちろん納税、勤労等で社会貢献しているつもりではいますが……
現代に免罪符はありませんからねぇ
No.2
133ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
ここまでをまとめると、ネットで色々更新する人って「満たされていない」人が多いよねってこと。 ネットの中で満たされようとするよね、ってこと。 みんながみんなじゃないけれど、20〜30%ぐらいはそうなんじゃないかなーと思う。 更新頻度が高ければ高いほど、依存傾向にはあると思う。 http://geriharawatako.hatenablog.com/entry/2013/11/06/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%81%AF%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%AB  一読、「あるある」とうなずいてしまいました。  たしかにネットでやたら「活躍」している人は、「リアルで満たされていない」可能性が高い。リアルで満たされていたら、手間のかかるブログを更新しようという気には、なかなかなれないでしょう。  敷居さんなんか、リアルでオタク話する友達が増えたらあっというまにブログ更新しなくなったもんな。最近はTwitterで呟きすらしない始末。  うんうん、そうだそうだ。まったくそうだ。しかし、これで納得して終われないのは、ぼくがペトロニウスさんという人を知っているからで、あの人、超リア充しながらなおかつ山ほどネット小説を読んで、ブログを更新していますからね。  何なんだろうと思いますが、まあ世の中にはそういう人もいるんですよね。ここには書けませんが、最近のあの方のリアルでの出来事っていったら、爆発しろどころじゃないですよ。  ひょっとしたらぼくはすごい人と付き合っているのではないか?としばらく首を傾げてしまったくらい。すぐに「まあいいか」と判断しはしましたけれどね。  でもまあ、そういうペトロニウスさんでも、やっぱり何かが「欠けて」いて、「飢えて」いるからこそ、忙しいにもかかわらずあれだけの長文を更新しつづけているという一面はあると思います。  ほんとうにリアルで満たされている人は、やっぱりなかなかものすごい量の更新を続けようという気にはなれないのではないか。  ぼくはこうみえて(どうみえると思っているんだ?)シャレにならないリアルメンヘラの人なのですが、その「飢餓」が言葉を綴らせている一面は確実にあります。  心のなかの何かが「欠落」している。その「欠落」とは、必ずしも「お金がない」とか「彼女がいない」とか「友達が少ない」といったレベルのことではありません。  それはそれで欠落には違いないけれど、でも、その条件を満たせば満足できるレベルの話だともいえる。しかし、そうではなく生まれながらに「あるべきものが欠けている」人は、どんな条件を満たしても満足できない。  だから、書く。しかも書いても書いても、100万文字、1000万文字も書いたとしても満たされることなく、書きつづける――それが「ネットで活躍している人」の、すべてでないとしても、一面なのではないかと。  リアルで満たされちゃっている人はあえてネットを過剰利用しようとはしないですよね。  と、ここで終わってもいいのですが、もう少し考えてみましょう。そもそも「リアルで満足している人」ってどういう人のことを云うのでしょう?  あらゆる「リア充」的行動にしてから、ある意味、欠落を埋めるための代償行為とも云えるのでは?  心のなかの何かが「欠けて」いるからこそ恋愛したがるし、消費に走るし、友情をたしかめたくてたまらない。ほんとうに満たされているのなら、べつだん恋人も品物も友人も必要としないはずでは?  そう考えていくと、究極のリア充とは、日がな一日何もせずぼーっとしていて、しかもそれで満足している仙人のようなひとのことなのではないでしょうか。  そう、真のリア充は、リアルで充実しようとあがく必要などないのです! 車が欲しいとか彼女が必要だと考えている時点で、その人はエセリア充に過ぎないんですね。  ほんとうに健康で充実している人は、 
弱いなら弱いままで。
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