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その秘密は真摯さであり切実さ。それはコメディであれホラーであれラブロマンスであれ変わりないだろう。一冊の本がひとを導くこともあるということ。すべてクリエイターはそういう魔術的な一作を目ざし作品を作っているのではないだろうか。
さて、アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』最新話を見た。特に衒ったところのない軽いコメディだが、それでもそこにはある種の救いがあるように感じた。
いまの生活がどんなに惨めでも、苦しくても、物語を見ている時は救われる。そう思わせる作品には価値があるに違いない。
萩尾望都の傑作「青い鳥」の一節を思い出す。
なにもかもなくして希望がなくても世界が不条理でも舞台だけは美しかったあそこには幸福があった舞台にだけは青い鳥が住んでた
それがほんとうにすばらしいものならば、アニメーションのなかにも「青い鳥」は宿る。だからこそ、きょうに至るまで無数のアニメが作られつづけているのだろう。
『デレマス』もまた、ある種のひとにとっては、そんな「青い鳥」を内に住まわせた作品のひとつである。ようするに非常に面白い。
今回の主人公は「中二病キャラ」の神崎蘭子。いつも漆黒のゴシックファッションをまとい、同じ色の日傘を差して、奇妙な中二病言葉で話すこの少女は、原作ゲームの膨大なキャラクターのなかでも指折りの人気だという。
今回の話は卯月たちに続いてデビューすることになった蘭子が、その企画の是非に関してプロデューサーと対話するまでを描く。
いつからそんなふうになってしまったのか、彼女以外にはよく意味がわからない中二病言葉でしか話せない蘭子は、プロデューサーとうまく意思の疎通を図ることができない。
かれのちょっとした誤解を正すこともできず、ただただ困惑するばかり。そんな蘭子がなけなしの勇気を振り絞り、プロデューサーに自分の意志を伝える場面が今回の見どころだ。
前回と同じくコミュニケーション不全がコミュニケーション成立によって解決するパターン。誤解に基づく問題と理解による解決は、今後も『デレマス』のシナリオのゴールデンパターンとして定着するかもしれない。
そもそも蘭子がわずらう中二病とは自意識の病である。自分の正確なポジションを把握することができず、ただひたすら自意識を空転させ肥大化させる病理。
その結果が過剰に尊大な態度や言葉遣いとなって現れるわけだが、話がコメディになるとそれはキャラクターの可愛げに見えて来る。
じっさい、蘭子もそのほんとうの素顔はごく素直で内気な少女なのだ。不可思議な言葉遣いや白い肌を覆う黒服は彼女の「鎧」。ほんとうは繊細で脆弱な心を持っているからこそ、それとはうらはらに傲慢な態度を取ってしまうわけである。そのギャップが蘭子というキャラクターのチャームポイントなのだと思う。
視聴者のなかにも何らかの形で中二病をわずらった経験がある者は多いだろうから、とても共感しやすいキャラクターなのかもしれない。
思えば、アニメファンなどという人種は、大抵は硝子細工めいた繊細な心を持っているもの。生まれつきワイヤーロープみたいな豪胆な神経を持っているひとはなかなかこの種の作品を理解しないだろうからそれも当然のことだ。
蘭子は、そういう繊細な精神と放埒な態度を共存させた視聴者たちの心をひとりの美少女の形に結晶させたキャラクターだということもできるかもしれない。
だからこそ、夜空色のゴシックドレスや暗号めいた中二病言葉といった「鎧」なくしては生きていけない彼女の儚さは、画面の向こうの同類たちの共感を集めるのだろう。
あるいはそれは健康なことではないかもしれないが、そもそも、べつだん健康でなければならない理由など存在しないのである。現実より夢のなかを好む人間がいて何が悪いというのか?
それは生物としての正常なありようではないだろうが、あるいはそれこそが人間の人間らしさの証明だといえるのではないだろうか。少なくともぼくは不健康なもの、夜の夢の文化のすべてを追放した社会になど住みたくない。
蘭子はたしかにかよわい少女だが、そのフラジャイルな儚さはなまじの強さよりはるかに強烈な印象を残す。彼女はすべての心弱き者たちのアイドルであり、天使にして堕天使、数いるシンデレラたちのなかでもいちばん繊細な心理を持っているかもしれない少女なのだ。かわゆす。
ちなみに、蘭子が好むGOTHICという文化はもともとローマ帝国を滅ぼした蛮人ゴート族に由来し、その言葉は「ゴート族ふうの」を意味しているという。
元々は過去、ヨーロッパにおいて文学、建築、美術の各分野において数世紀にわたって発展しつづけたある種の様式を指す言葉である。
しかし、おそらく日本でいちばんくわしいゴス解説書である『ゴシックハート』の著者・高原英理はこれを具体的な文藝作品や芸術作品にとどまらず、ある種の精神であり様式であると定義している。
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