水木サンの幸福論 (角川文庫)

 漫画家の水木しげるさんが逝去されたそうで、故人を惜しんで以前書いた記事を再掲しておく。93歳。大往生と思われますが、それでも、惜しい人を亡くしました。



 どうしたら幸福になれるのか? なるほど、むずかしい問題だね。

 わが日の本の歴史上、いまほど平和で、安定していて、豊かな時代はない。しかし、同時に、いまほど切実に幸福の意味が問いかけられている時代もないかもしれない。

 洗濯機もある。自家用車もある。薄型テレビもある。DVDレコーダもある。クーラーもある。携帯電話も、パソコンも、何もかもそろっている。足りないものはメイドロボくらい。

 それなのに、あまり幸せそうじゃないひとが多いのはなぜだろう。いったいどうすれば本当の意味で幸福になれるのだろうか? そもそも幸福って何だろう?

 思うに、何でも悩んだときは専門家の意見を聞いてみるにかぎる。幸福論の専門家、幸福観察学会会長の意見に耳を傾けてみることにしよう。ま、この学会、会員は1名しかいないんだけど。

 その1名とは、水木しげる。いわずと知れた『ゲゲゲの鬼太郎』の原作者である。

 水木さんは著書『水木さんの幸福論』のなかで、「何十年にもわたって世界中の幸福な人、不幸な人を観察してきた体験から見つけ出した、幸せになるための知恵」を七か条にまとめている。順番に紹介していこう。

●第一条「成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはならない。」

 水木さんはいう。

 世界中の神話宗教民話などを調べると、地獄のありさまはそれぞれに違っている。しかし、天国のほうは似たり寄ったり。

 きよらかな河が流れ、薄物をまとった美女がいて、おいしそうな食事があふれている。おや、環境が悪くなったことに目を瞑れば、不況の現代日本こそまさに天国じゃないか!

 それなのに現代には悲壮な顔をして歩いているひとが多い。それは成功や栄誉という亡霊に憑り付かれているからではないか。

 成功なんて時の運、成功しなくても全然OK! 成功しなくても楽しめることに熱中しよう、と。

 それでは、「成功しなくても楽しめること」は具体的にはどんなものなのだろうか?

●第二条「しないでいられないことをし続けなさい。」

 それは、「しないではいられないこと」だと水木さんはいう。

 打ち込めるものを真剣に探すと案外見つからなかったりする。そうじゃなく、ただ好奇心を大切にし、何か好奇心がわき起こったら、そのことに熱中してみる。そうすれば、「しないではいられないこと」が見つかってくる。

 それでも見つからないなら、子供の頃に戻ってみるといい。子供の頃は、だれもが好きなことに没頭して生きていたはず。その頃の気持ちを取り戻そう、と。

●第三条「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。」

 それでは、その「しないではいられないこと」とは、社会的に立派な行為であるべきだろうか? ひとに認めてもらえるよう頑張るべきなのだろうか?

 そうではない、と水木さんは仰る。自分の好きなことに専念するためなら、世間の常識なんて捨ててしまおう。奇人変人になってもいい。いや、むしろ、奇人変人になるべきだ。

 その証拠に、世界の奇人変人には幸せそうなひとが多いではないか。だれが何といおうとわがままに自分の幸福を追求する。それでこそ本当に幸せになれるというものだ、と。

●第四条「好きの力を信じる。」

 孔子曰く、「之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」。水木さんの意見も、どうやら二千数百年前の聖賢と同じようだ。

 水木さんは若くして漫画道に入り、その道を歩むこと60年。ついに歩き通した。勲章なんてものをもらったことより、こっちのほうがよほど幸せなことだ、とかれはいう。

 さて、それでは水木さんは好きなことに専念すれば、かならず成功できるといっているのだろうか?

●第五条「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。」

 そうではないようである。