今回は舞田敏彦さんのブログ『データえっせい』からご寄稿いただきました。
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■働かなくてもいい社会
phaさんの『ニートの歩き方』技術評論社(2012年)が話題になっていますが、読まれたという方も多いと思います。著者は1978年生まれということですから、私とほぼ同世代ということになります。
「ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」 『技術評論社』
http://gihyo.jp/book/2012/978-4-7741-5224-0
この人は、「働かないで暮していきたい」という意向を持っておられるようですが、私も然り。とはいえ、30代半ばの働き盛りの男がこのようなことを口にしようものなら、「何たることか!」と大きな非難を被ることでしょう。私とて、親兄弟や親戚の前で、こうした腹の底の思いを打ち明ける度胸はありません。
「働かざる者食うべからず」。よく知られた言葉ですが、これがどれほど普遍的なものと受け取られているかは、社会によって異なるものと思います。phaさんや私のような30代半ばの男であっても、働かないでブラブラしている人間が結構いる社会が存在するかもしれません。
私は、こういう関心をもって、30~40代男性の非労働力人口率の国際比較を行うこととしました。人口は労働力人口と非労働力人口に大別されますが、後者は、働く意欲がない人間のことです。主な成分は、学生や専業主婦(夫)ですが、上の年齢層の男性にあっては、ほとんどがニート(Neet)であると思われます。
就労しておらず、教育も職業訓練も受けておらず、かといってハロワ等に足繁く通って職探しをしているのでもない(している場合は失業者)。働き盛りの男性の中で、こういう輩がどれほどいるか。国ごとに比べてみようと思うのです。
資料は、ILOホームページのLABORSTAです。このデータベースから、世界各国の性別・年齢層別の人口と労働力人口を知ることができます。私は、わが国を含む48か国について、最新の2008年の統計を収集しました。
『ILO LABORSTA Internet』
http://laborsta.ilo.org/
手始めに、主要先進国とお隣の韓国を例にして、30代と40代男性の非労働力人口率を計算してみましょう。分子の非労働力人口は、人口から労働力人口を差し引いて出したことを申し添えます。
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/2161.jpg
日本の場合、30代は3.4%、40代は3.1%です。働き盛りの男性のうち、ニート状態に近い者の割合はおよそ3%というところです。この値は、他のいずれの国よりも低くなっています。アメリカでは、40代の率が9.3%にもなっています。11人に1人です。
では、比較の対象を世界の48か国に広げてみましょう。横軸に30代、縦軸に40代の非労働力人口率をとった座標上に、それぞれの社会を位置づけてみました。点線は、48か国の平均値を意味します。
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/3104.jpg
右上にあるボツワナはすさまじいですね。このアフリカ南部の国では、30代男性の非労働力人口率は17.4%、40代男性では18.4%にもなります。働き盛りの男性の、およおそ5人に1人が、就労意欲のない者ということになります。隣接する南アフリカも、似たような社会です。
まあ、これらの国ではあまりに仕事がなさすぎて、職探しをしても無駄だと諦めている人間が多いとも考えられます。同じゾーンには、ハンガリー、ポーランド、ルーマニアなど、北欧・東欧の国も位置していますね。
さて日本はというと、対極の左下にプロットされています。より原点の近くには、南米のエクアドルのような国もありますが、全体的にみて、働き盛りの男性の非労働力人口率が低い社会と性格づけることができるでしょう。ここでの関心に即して、飛躍的な解釈をすると、「働かざる者食うべからず」という考えの浸透度が高い社会です。
事実、日本は、ニートのような人種に対する目線が厳しい社会です。何が何でも働かせようと政府は躍起になり、「ニートが社会を滅ぼす」というような極言を吐く人だっています。
しかるに、それは違うのではないか、という思いもします。phaさんの本にいいことが書かれてますので、引用させていただきましょう。
● がんばらない人を「叱ったり脅したりしないと崩壊してしまうようなシステムはロクなものじゃないし、そんなんだったら別に滅んでもいいと思う」。(143頁)● 「日本の生活は確かに快適で便利だけど、その便利さは労働に対する同調圧力や責任感で支えられていて、そのせいで多くの人が心を病んだり自殺したりしているのなら別にそこまでの便利さは要らないと思う。もっと仕事が適当な人間が多い社会のほうが社会全体の幸福度は上がるんじゃないだろうか」。(235頁)
● 「ニートが全くいない世界は、人間に労働を強制する圧力がキツくて社会から逃げ場がなくて、自殺者が今よりもっと多いディストピアだと思う」。(246頁)
私も、これに近い考えを持っています。とりわけ2番目の言に共感を覚えます。多くの人が過重労働に打ちひしがれる社会よりも、電車やバスが時間通りに来なかったり、コンビニや牛丼屋が24時間やってなかったりする社会のほうがマシではありませんか。
なお、3番目の言に関していうと、進学率や自殺率と同様、社会のニート率というのは突発的に激動するものではなく、だいたい一定の傾向をとるのだそうです。働きたい、働きたくないというように、人間の気分にムラがあるのと同様、社会の空気や雰囲気にもそうしたバラつきがあって、その構成に応じて、一定割合の労働者とニートが生産されるとのこと(251頁)。ほほう。何とも社会学的な議論ですね。
こうみると、社会に一定数のニートがいるのは生理現象であるといえます。逆にいえば、100人中100人が会社勤めをするような社会のほうが病理状態にあるといえるでしょう。そのような社会は、生物有機体になぞらえると、感情や気分のムラ(起伏)も何もない、機械のような存在であることになります。
phaさんの本が大きな関心を呼んでいるのは、腹の底ではこういうことを考えている人が多いためではないでしょうか。この人が本書の別の箇所でいっていますが、働かない人を無理に働かせようとするよりも、多くの人をいかに働かせないで済ますかを考えるほうが得策という見方もできます。現代日本は、それくらいの文明や生産力を備えた社会です。むろん、今の生活の利便性が幾分か落ちることは覚悟しなければなりませんが。
働き盛りの男性の非労働力率は、時系列的にみるとじわりじわりと上がってきています。未来形の社会というのは、このような発想の転換が図られた社会であるのかもしれません。私としては、そうであることを望みます。
執筆: この記事は舞田敏彦さんのブログ『データえっせい』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年02月27日時点のものです。
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