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「バグったっていいじゃないか、人間だもの」
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「バグったっていいじゃないか、人間だもの」

2012-11-13 16:30
    「バグったっていいじゃないか、人間だもの」

    今回はp_shirokumaさんのブログ『シロクマの屑籠』からご寄稿いただきました。

    ■「バグったっていいじゃないか、人間だもの」

    人間は、特定の状況や話題で「バグ」る。

     

    給湯室談義では「○○さんには××の話題は禁句」といったフレーズがしばしば用いられる。実際、××の話題を持ちかけた時に○○さんが誤作動を起こしたりフリーズしたりしたのが確認されているのだろう。人間は誰しも、そういう「話題にしただけでバグる」ようなセキュリティホールを一つや二つぐらいは持っている。

     

    ●精神科臨床で遭遇するレベルの「バグ」

    精神医療をやっていると、人間のバグのなかでも一番シビアで訂正不能なものに出会う。妄想だ。

     

    妄想は、統合失調症や妄想性障害の代表的な症状のひとつだ(注1)が、統合失調症や妄想性障害のすべての患者さんが、いつでも妄想全開で会話にならないかというと、そうでもない。むしろ、よほど病気が燃え上がっている時を除けば、コミュニケーションにさほど問題が生じていない人のほうが多いぐらいである。

    (注1):ただし、統合失調症や妄想性障害以外の病気でも妄想が出現する事は、ある。躁状態の誇大妄想や、認知症のものとられ妄想などのように。

     

    ところがそういう人も、特定の話題になると急激に思考がねじ曲がったり、分別を失ったり、興奮したりするようになる事がある。

     

    例えば、食事やテレビ番組の話題は穏やかに談笑できるのに、隣近所の話になるや「隣人が監視カメラをつけて監視しているのは間違いない」「私のプライベートを全世界に公開しようとしている」と猜疑心を露わにし、家族や警察が何を説明しても一切耳を貸さなくなるような人がいる。それどころか、その話題に一度触れてしまうと、あらゆる物事に対する猜疑心が高まり、大声をあげたり、物を投げつけたりするようになって、しばらくの間、分別を失ってしまうようなケースもある。特に統合失調症の患者さんの場合、言語の流暢さまでバグってしまって、暫くの間、疎通が悪くなってしまうことも珍しく無い。

     

    トリガーになる、たった一言で、思考や振る舞いが一気に乱れはじめる――こうした現象を見ていると、ひとつの命令をきっかけに動作不良やフリーズに陥ってしまうコンピュータのバグを連想せずにいられないのだ。と同時に、バグやフリーズがコンピュータやプログラムのほんの一部のエラーに基づいているのにも似て、妄想性障害や統合失調症によって社会生活が困難になってしまっている人も、脳というハードやOSの大半は正常で、おそらくほんの一部のハードやソフトにエラーが生じているだけなのだろう、とも連想したくなる。

     

    そういえば、私が研修医だった頃、ある精神科医の先輩は繰り返しこう言っていた

    ――幻覚や妄想を呈している患者さんの脳の機能も、全体の殆どは正常に機能していて、エラーを起こしているのはほんの一部に過ぎない。その事を忘れず、正常に機能している部分への働きかけを忘れないように――。

    その通りだと思う。

     

    ●日常生活で遭遇するレベルの「バグ」
     
    こうした人間の「バグ」は、特定の精神疾患を患っている人だけの問題ではない。妄想のような烈しいものは珍しいが、もっとマイルドな水準の「バグ」ならどこででもお目にかかる。冒頭で書いた「○○さんに××の話題は禁句」の類などがまさにそれだ。
     
    よく見かけるパターンを一つ挙げよう。男女交際や性愛絡み話題で「バグ」る人達だ。
     
    冷静な判断力の持ち主とみなされている人が、男女の話になると急激に判断力が低下したり、思考の柔軟性が失われ、硬直した主義者になってしまうような、そういうパターンは非常に多い。ほとんどの領域では高性能コンピュータのような判断力を見せる人が、男女の話題になるや、セーフモードに陥ったり判断が柔軟性を失ったりするさまは、これまた「バグ」を彷彿とさせる。そういう有様を見た人は、「○○さんには男女の話題は禁句」と思うに違いない。
     
    こうした、「特定の話題や対象に対してだけ、判断力が大幅に低下する現象」は、殆どの個人に何かしらみられることで、その人の心のセキュリティホールとなっていたり、弁慶の泣き所になっていたりする。ただし、その度合いは果てしなく妄想に近い深刻な水準のものから、ある程度まで自覚可能な水準のものまで様々だ。バグのトリガーになる話題も様々で、身体上のことや経歴上のことでバグる人も多い。
     

    ●人間の「バグ」とどう付き合っていくか

    社会に適応していくにあたり、こうした自分自身の「バグ」に関する情報は知らないよりは知っていたほうが好ましいし、制御不能であるよりは制御可能であったほうが望ましい――たとえその制御が僅かで、せいぜい、「バグ」る状況をなるべく回避する程度のものでも。

     

    また、間近な人間の「バグ」に関する情報も、知っておいたほうが有益だろう。わざわざ相手がバグるような話題を選んで、バグってる相手と喋ったところで建設的な話なんて出来はしないのだから、「○○さんには××の話題は禁句」という世間知も、それはそれで適切な行動選択なのだろうと思う。

     

    問題はここからで。

     

    「じゃあ、どうやって自分自身の「バグ」を減らしていくの?」と疑問に思った時、一体どうすればいいのか?Windowsがアップデートするような感じで、バグらない自分にアップデートする方法があってもいいんじゃないか?

     

    しかしこれは、Windowsのアップデートに比べて恐ろしく難しい課題だと思う。

     

    妄想は言うまでも無く、「○○さんには禁句の話題」レベルのものでさえ、自分自身のバグりやすさを修正するのは簡単ではない。それはコンプレックスの解消とか、そういう次元の話だからだ。ちょっとお話をする程度でコンプレックスが治るというのなら、世の中の、あれやこれやのコンプレックス産業は今日の隆盛をみていない筈で、それほど簡単にバグがとれるとは思えない。

    人間のバグは、プログラムを一行書き換えれば治るというものではないらしい。

     

    しかし、自分自身がバグる頻度を下げる方法が皆無というわけでもないと思う。

     

    第一には、まず「自分のバグを知る」ということだ。自分のセキュリティホールにして弁慶の泣き所でもある、自分がバグる状況や話題について知っておく必要がある。少なくとも、自分がバグる状況なるものから目を逸らせ続けている限り、バグ取りどころではあるまい。

     

    自分がバグる状況なり話題なりを知った次の段階として、それらに対する苦手意識なり、硬直化した思考のショートカット癖なりをどうするか、考え始めることがようやく可能になる。尤も、自分のセキュリティホールや盲点を考えるというのは、いかにも手探りっぽい作業になるので、ここでは第三者の力を借りなければならないかもしれない。

     

    第三に、完全に克服しようと思い詰め過ぎないこと。人間はPCやプログラムではないので、「バグ」は大抵、何らかの形で痕跡となって残る。そうした「バグ」は学童期以前の体験や個人の体質によってある程度までfixされている可能性もあるので、完璧に覆そうと思い詰めるのも考え物だ。あくまで頻度や程度を緩和するぐらいのアプローチのほうが現実的で、なおかつ実質上の効果もあるのではないか、と思う。

     

    ●バグったっていいじゃないか、人間だもの

    あと、実はいちばん大切なのはこれだと思う。

     

    「バグったっていいじゃないか、人間だもの」
     
    自分自身がバグるという事態は、社会適応上は不利になりやすいし、妄想の水準に達すれば深刻な問題になる。だとしても、自分自身のバグやバグることのある自分自身なるものに、Yesと言えること、少なくともバグる自分を断罪せずに赦せるのは、最後の最後には自分だけだ
    「バグったっていいじゃないか、人間だもの」、そういう気持ちを持ちながら、自分自身のバグと要領よく付き合い、社会適応を侵さない方向へと飼い慣らしていく――そういう発想のほうが、バグを根絶しようとするよりは健康的だし、現実的だ。

    ●p_shirokuma(熊代亨)さんの著書
    『ロスジェネ心理学 ――生きづらいこの時代をひも解く』
    http://www.amazon.co.jp/ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く-熊代-亨/dp/4763406477/

    執筆: この記事はp_shirokumaさんのブログ『シロクマの屑籠』からご寄稿いただきました。

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