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中国離れについて

2012-10-01 21:30
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    今回は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

    ■中国離れについて

    尖閣国有化をめぐる日中の対立が経済に大きな影響をもたらし始めた。

    日本側ではトヨタ自動車が中国市場からの限定的な「撤退」を決めた。

    工場の管理のむずかしさ、販売に対する国民感情の抵抗に加えて通関検査の強化で日本からの部品供給が停滞するリスクを抱え込んだからだ。

    現地生産台数を10月は白紙に(昨年は7万8千台)、高級車レクサスなどの輸出は停止する。

    他にも中国に生産拠点を置いている企業、中国市場をメインターゲットにしている企業は軒並み株価を下げている。

    コマツの株価は5月から33%減。日産自動車が18%減、ホンダが11%減。新日鉄、住友化学なども20~40%株価を下げた。

    住友化学と言えば、経団連の米倉弘昌会長が会長をつとめる会社である。

    その米倉会長は事態を重視して、トヨタの張富士夫会長らと昨日北京に飛んで事態鎮静のための交渉に当たっている。

    経済界は日中での政治的対立の深まりをつねに懸念している。

    米倉会長は2010年の尖閣での漁船衝突事件についても、領土問題では両国それぞれに言い分があるとして、政府方針(「領土問題は存在しない」)に異論を唱えて物議を醸した。

    「尖閣なんかどうだっていいじゃないか」というのは中国を生産拠点、巨大な市場として依存している日本企業にとっては「口に出せない本音」である。

    そんなことをうかつに口にしたら、こんどは国内のナショナリストから「売国企業」と名指されて、不買運動を起こされるリスクが高い。

    だから、本音を言えば尖閣問題で国士気取りの発言をして、メディアでのお座敷を増やしている政治家たちに対しては、内心では腸が煮えくり返るような思いをしているはずである。

    でも、口が裂けても言えない。

    しかし、この反日デモで「口に出せない」苦しみを感じているのは日本のビジネスマンだけではない。中国のビジネスマンも同じ苦しみを味わっている。

    中国景気は減速を続けているが、ここに来て一気に低落傾向が強まった。

    株価指標である上海総合指数は3年7ヶ月ぶりの安値。5月から20%の下落である。

    先行き不安から中国への投資も鈍化している。

    中国の政体が国民的な支持を得て、国内を効果的に統治できているという信頼感は今回の反日デモで深く損なわれた。

    また今回のデモの過程で、工場従業員たちが賃上げ要求や待遇改善を求めて暴動に近い行動を起こしたことも、企業の中国進出にブレーキをかけている。

    既報のとおり、すでにトヨタをはじめとする日本企業は生産拠点を人件費の高い中国から人件費の安いインドネシアやマレーシアに移しつつある。

    この流れは今回のデモで一層加速するはずである。

    日本の場合は産業の空洞化はかなり長期にわたって徐々に進行したし、日本人の経営する企業である以上、国民経済的な配慮(自分さえよければ、地元はどうなってもいいのか・・・的疚しさ)から完全に自由ではなかった。

    でも、日本企業(中国政府との合弁だが)が中国から撤退するのに、そのような逡巡はない。

    生産拠点の「中国離れ」はこの後たぶん一気に進む。

    かつて日本で起きたのと同じように、ある日数万人を雇用していた工場が消失する。

    雇用がなくなり、地域経済が瓦解し、法人税収が失われる。

    パナソニックの工場が移転した後、守口市は火が消えたようになったが、それでも市民はその「不運」に黙って耐えていた。

    でも、中国ではそうはゆかない。

    人々は自分たちを「裏切った」日本企業を恨み、その反感は中国全体に拡がり、罷業や不買運動や工場や店舗への攻撃が起こるだろう。

    そして、ますます日本企業の「中国離れ」は加速する。

    今回の反日デモはイデオロギー的なものであり、領土問題はデモで解決するようなレベルの問題ではないので、それで「問題の解決が遅れる」ことはあっても「とんとんと話が進む」ということはない。でも、経済的な意味で、このデモは大きな影響を与えた。

    中国はこのデモが露呈した統治上の瑕疵ゆえに法外な額の国富をすでに失ったし、今も失いつつある。

    それがどれくらいの規模のものになるのか、今政府内部では必死に試算をしているだろうが、たぶん計測不能である。

    外資の「中国離れ」によって最も大きな影響を受けるのは、都市労働者である。

    彼らは雇用を失うか、雇用条件の急激な劣化を強いられる。

    直接に影響を受けるのは個別企業の従業員であった数万人、数十万だが、その波及効果はそれにとどまらない。

    外国企業の「中国離れ」が政体そのものの危機にまで至る可能性は低いが、経済成長はこれで長期にわたる停滞を余儀なくされるであろう。

    だから、反日デモを眺めながら、「尖閣なんかどうだっていいじゃないか。そんな小島のせいでオレに破産しろというのか」と歯がみしている中国のビジネスマンもたくさんいるはずである。

    でも、彼らもそれは口には出せない。

    ナショナリストに何をされるかわからないからである。

    尖閣をめぐるナショナリズムの角突き合いで得をする人間は誰もいない。損をする人間は数え切れないほどいる。

    でも、損をする人たちは「オレが損をするから、領土問題でもめるのはやめてくれ」という言葉を口に出すことが許されない。

    この抑圧された「怨み」はどこに噴出することになるのだろうか。

    それが日中両国民を「外交能力の高い統治者を選出する」というソリューションへ導けばよいのだが、たぶんそうはならないだろう。

    暗い気持ちでいる人間が下す判断は必ず間違ったものになるからである。

    執筆: この記事は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

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