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「おたく様を信じて、きっと頼りにしていますから」
そう伺った後、電話は一方的に切れました。この冬に倒れたお姉さんの退院が決まり、高齢者施設へ移ることになったので、来週末に故郷へ行きたいという相談です。「たったひとりの妹である自分しか、姉に代わって退院手続きや預金口座の開設、入所契約などができない、だからどうしても私がいかなければならない」と念を押されました。こうした急な相談は、トラベルヘルパーの手配が間に合わないため、社内のスタッフで対応することになります。
依頼人は普段、ご主人と二人でヘルパーの助けを借りて、高齢者住宅に暮らしています。妹であるご自身も股関節が悪く、痛みがあるためにこの手続きがすべてできるか不安といいます。夫には軽い認知症があり、一人で残していくことができません。お姉さんからの急な知らせで困り果て、もう一度助けて欲しいということでした。前回は、お姉さんが緊急入院したときのご利用で、その時も急なトラベルヘルパーの依頼でした。夫妻には子供がいるのですが、海外で暮らしているので、こうした用事を頼むのはむずかしいそうです。以前の対応が良かったからと頼まれ、ますます断れなくなりました。
のどかな故郷へ着くと、あたりの景色を楽しむ間もなく空港から病院へと向かいました。担当社協のケアマネが玄関で出迎えてくれ、元気になったお姉さんとはベッドでの再会となりました。お姉さんは、雪の降る日に暖房を消した部屋で倒れ、1日後に発見されました。その地域には、助け合い、信頼のできる素晴らしいコミュニティがあり、そのおかげでお姉さんは九死に一生を得たのです。しかし、地域の助け合いにも限りはあります。お金の絡む手続きを家族にかわってすることは避けられ、私たちがこの手続きに使った移動は13回のタクシー利用でした。その都度電話予約を入れ、5分から10分で行きますと聞いても、実際には15分から20分、遅い時は30分近くも待たされます。その間、ずっと立ったまま車を待つこともあり、そんな時は年老いた夫婦がとても気の毒に思いました。
ケアマネは人柄もよく、退院手続のことや入所先のことなど、親身になって教えてくれました。ひととおり説明をおえると明日また来ると約束して、次の仕事のある、ここから1時間かかる隣町へと、足早に向かいました。
翌日、退院先の施設からケアマネともう一人が、福祉車両で迎えに来てくれました。すでに申し込んでいる町の施設が空くまでの待機入所で、夫妻は荷物を持って、またタクシー移動です。到着して「この施設はとてもいい」とみんなで喜んでいると、すぐに銀行員がやって来ました。介護保険の引き落とし口座を開設するためだそうです。それが終わると、今度は施設の利用契約について内容の確認とたくさんの書類への捺印、さらに休む間もなく郵便局へすべりこみ、お姉さんの家に届く郵便の転送手続き……あわただしく1日は過ぎて行きました。米寿夫婦がよくここまで頑張れたと感心しましたが、当人たちはもうふらふらだといって、旅館に着くとすぐに休んでしまいました。
私は「介護」という言葉の響きが持つ、ある種の刹那、イメージの暗さを払しょくしたいと思い、介護旅行の活動をしています。しかし、現実と介護は人の生き死にと切り離して考えることがますます難しくなってきていることに気づかされる旅でした。
【篠塚恭一しのづか・きょういち プロフィール】
1961年、千葉市生れ。91年株SPI設立代表取締役観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー外出支援専門員協会設立理事長。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。
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