オバマ大統領に首脳会談を断られたG8サミットで、安倍総理はやっと立ち話にこぎつけたが、中身がないためニュースにならず、総理自身が「オバマ大統領ともろもろの話をした」とフェイスブックに書き込むだけに終わった。ところがNHKは選挙公示の前日に立ち話の映像をスクープ扱いで放送し、二人の良好な関係を国民の意識に植え付けようとした。しかし2週間も前に行われた中身のない映像を選挙前日に流すやり方は民主主義国のメディアではありえない。これを問題視しない日本人の感覚は世界から相手にされなくなる。
アメリカの歴史学者マイケル・シャラーが書いた『「日米関係」とは何だったのか』(草思社)は、占領期から70年代半ばまでを中心に「日米関係」をアメリカ側の資料によってアメリカ側の視点で描いている。原題は『変えられた国―占領期以降のアメリカと日本』で、アメリカが如何に日本を変えようとし、それにある時は抵抗しある時は受け入れた日本の姿を詳細に考察している。
戦後アメリカの対日戦略には一貫する部分と180度の転換を見せた部分とがあり、歴史を振り返りながら改めて「なるほどそうだったのか」と思わされるところが多い。その中で現在の日本が直面する課題である尖閣問題に触れた記述があるので紹介する。
「1972年3月、ニクソンは再び日本政府を愕然とさせた。沖縄と台湾のあいだの大陸棚上の無人島の岩から成る尖閣諸島は、日本と台湾の双方がそれぞれ領有権を主張していたが、1970年にその地域に石油が発見されたとき、今度は中国が領有権を主張した。ニクソンの訪中のあと、尖閣諸島について国務省は日本の主張に対する支持を修正し、あいまいな態度をとるようになったのである。佐藤の推測によれば、これは、ニクソンと毛とのあいだで何が話し合われたかを示すものであった」。
佐藤は当時の佐藤栄作総理、毛は中国の毛沢東国家主席であるが、72年2月のニクソン訪中の後に、アメリカ国務省が尖閣諸島に対する対応を変えたと書かれている。台湾と日本が領有権を主張していた時期は日本を支持していたアメリカが、訪中後はあいまいに転じたというのである。
72年2月のニクソン訪中では、両国首脳が上海コミュニケに署名した。そこには「アメリカは日本との友好関係に最高の価値を置く」、そして「現在の緊密な絆を発展させ続けるであろう」と書かれてある一方、中国は日米安保条約に反対し、「日本の軍国主義の復活と外への拡大」を非難し、「自主的、民主的、平和的、中立的な日本を建設しようという日本国民の願い」を支持するとも書かれている。
このコミュニケにニクソン大統領が署名した事実に佐藤総理は打ちのめされた。コミュニケ発表後、アメリカのマーシャル・グリーン国務次官補が東京に来て内容を説明し、ワシントンでは牛場駐米大使にキッシンジャー大統領補佐官が説明して、アメリカ側は中国との間に何の秘密協定もないと言明した。しかしその直後に尖閣諸島をめぐる国務省のスタンスが変わった、佐藤総理はニクソン大統領と毛沢東主席との間で何らかの話があったと推測しているのである。
米中和解は「ニクソン・ショック」と呼ばれ、日本は大きな衝撃を受けた。それまでアメリカの言う通りに共産主義中国を敵と見る外交を行ってきた日本は、全く不意をつかれたのである。アメリカはベトナム戦争を終結させるため、2年に及ぶ秘密交渉の末、キッシンジャー大統領補佐官が北京に入り、周恩来首相と2日半、17時間の会談を行ってニクソン訪中が合意された。
それが日本に知らされたのは発表のわずか数分前、全くの頭越しであった。そしてニクソン訪中後に尖閣を巡るアメリカのスタンスは変わった。その尖閣を巡って先月行われた米中首脳会談では、習近平主席が尖閣諸島を「核心的利益」と主張し、オバマ大統領は「特定の立場を取らないが、話し合いで解決してほしい」と述べた。
このオバマ発言を「中国公船の領海侵犯を牽制した」と受け止めるメディアもあるが、私は「この問題にアメリカは巻き込まれたくない」との意思表示だと受け止めた。「尖閣諸島に日米安保条約は適用される」とアメリカは言うが、それは尖閣防衛のためにアメリカが軍事力を行使する事を意味しない。むしろ核保有国同士が戦争すること自体が常識的ではなく、オバマ大統領の発言は中国公船の領海侵犯を牽制している訳でもない。
ロー・ダニエルが書いた『竹島密約』(草思社)を読むと、日韓の政治家が国交正常化を行う際に、竹島の領有権問題を巡り「解決せざるを持って解決する」という「棚上げ」に踏み切った経緯が書かれている。それは絶妙とも言える政治技術で、日中国交回復が行われる以前の話であるから、周恩来首相と田中角栄総理の間で交わされたとされる「棚上げ」のモデルになったかもしれない。
しかしロー・ダニエルは、時代が変わり韓国政治にポピュリズムが生まれると、民衆を扇動して人気を得る政治は政治技術を要しなくなり、それが「密約」を消し去り、無為な対立を煽る稚拙な政治を生み出したという。「竹島密約」も消え、「尖閣棚上げ」も消えて政治は稚拙化していくという事か。むしろ日本は尖閣をあいまいにしたアメリカの狙いにこそ目を向けるべきではないか。
■【最終回!】7月《癸巳田中塾》のお知らせ
約3年半にわたって開催されてきた「田中塾」は、次回7月31日(水)の開催をもって終了させていただくことになりました。長年のご愛顧に、感謝申し上げます。
これまで参加されていた方も、はじめて参加する方も、ぜひご参加下さい!
【日時】
2013年 7月31日(水) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。
http://bit.ly/129Kwbp
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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伝統的資本主義は、人、物、金で物づくりを基本とし、金融修正資本主義は、人、金を基本とします。物が欠けるだけでなく、人の関与する環境が一変します。物づくりでは、分業体制により、多くの人が従事し、平等に尊重される体制にありますが、金融では、限られた優秀な人材で巨大な利益を上げることができます。日本は、物づくりが行き詰まり、失われた年月が過ぎましたが、政治の機能しない年月が過ぎ去っただけで、民間の知恵は素晴らしく、官僚に代わって、巨大な債券国家に押し上げました。問題は、小泉、竹中改革によって、大きな企業内身分格差を生み、現在4割近くの人が非正規になっているのに、企業内部留保は260兆円を超えていることです。このような状況の中で、巨大な金融緩和は、確かに税収は増えますが、金融に関与する度合いによって、より大きな格差を企業と国民、大企業と中小企業に生じさせます。また、輸入物価上昇、消費税増税で対応するのは、いままで債券国家に押し上げてきた国民の努力をないがしろにすることはなはだしいといえます。企業の減税より国民の減税を先ず優先すべきなのではないか。国家の問題点はどこにあるか、冷静に、理性的に見れば、セイフティーネットーの充実が先行すべきであるのに、強いものをより強くする政策は、真逆のことをしているように思えてならない。