TPP反対派として全国行脚する鈴木宣弘東大教授にインタビューを行いました。震災復興における「強い農業」プランについて「火事場泥棒的な発想」と批判、TPPの進捗状況はもちろん、3.11以降の原発とTPP報道の共通点にも触れていただきました。

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鈴木宣弘氏(東京大学教授)
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「想定外」では逃げられない原発とTPP報道

TPPの取りまとめ役だった西山審議官が原発問題のスポークスマンになったのに代表されるように、TPPの実働部隊は震災や原発対応チーム にシフトし、TPPを詰める事務方がいないのが現状で、物理的に進められません。しかし内閣官房の中でも、11月のAPECまでに日本の参加を滑り込ませようという意見が主流です。「開国」で地域を活性化することこそが震災復興だ、放射能で日本の食料が不安なのだから、食料は世界からたくさん輸入しなければいけない、という声があります。

─震災を機に大規模化し農業の輸出増をとの意見があります。『「強い農業」を作るための政策提言 』によると「大規模な農地区画を実現するなどの思い切った政策を導入すれば、復旧、復興の域を超えて、農業を新生することができる。これを全国に及ぼしていけば、日本農業全体の新生につなげることが可能」と言っています

今回の震災でようやく実現できるような大規模化政策が全国モデルとして展開できるはずがありません。日本で大規模農業をすることはそれほど難しいということです。また、世界的な大規模農業というと、豪州は1区画あたりの平均面積は約100ヘクタールです。日本が数ヘクタール程度の区画整備をしても、 そんな外国勢とたたかえるのでしょうか。

なにより、「みなさん、震災で土地がグチャグチャになっています。いい機会ですから、大規模区画整備して規制緩和で企業に入ってもらい大規模型農業 を進めていきましょう」といった言葉は、現場で苦闘する人たちに対して心を疑われる言動です。現場に根ざした視点、現場で苦労している人たちからの発想が欠けています。それぞれに言いたいことがあるのでしょうが、無理やり震災復興と結びつけていて論理が飛躍しています。火事場泥棒的な発想といえるでしょ う。

─現場ではどのような政策が求められているか

酪農家が自殺される事件が先日起こりました。深刻な状況で、現場の方々は今日明日の暮らしをどうしていくか、そして今後の見通しは立つのかを考えて 悩んでおられます。農家が作ったものが売れなければ補償し、今後の作付けや販売の見通しを約束すべきです。国の対応が遅ければ、農協などが一時的にせよ、 肩代わりすべきです。

東西しらかわ農協(鈴木組合長)は、自分たちの力で打開していかなければいけないと都内で直売会を開くなど必死に取り組んでいます。私も相談を受けました。直売会では野菜からの放射線量をその場で測定し、お客さんに数値を見せて販売しています。

生産者側は積極的に動き、消費者も直売会では午前中で売り切れるほどに反応してくれています。しかしそれらの中間に立つ卸売業者や加工食品メーカー に疑問があります。この期に及んで契約打ち切りや、買いたたく動きがあるように聞きます。「支え合い」と言いながら、もし自分たちだけが儲けるような取り組みをしているのであれば悲しいことです。

─現地に有用な情報が少ないという声があります

放射能の件で言うと、結局、炉心溶融や飯舘村への放射性物質の飛散など、海外から指摘があったのに政府は認めませんでした。ついに、静岡のお茶や岩手の牧草からも高い放射性物質が検出され出しました。

外国の反応は過剰と言って笑っていたのが、実は笑われていたのは自分たちで、情報が無くて「冷静」だった。知らなかったのは日本人だけという話です。パニックを避けたいのはわかりますが、情報が遅れたせいで相当な数の人間が被曝しています。

─311からはネットメディアが独自に取材し、報道していました。炉心溶融(メルトダウン)の危険性やプルトニウムなど放射性物質の飛散を報じたメディアに対し「不安をあおるな」という指摘がありました

日本社会は、情報は出すものでなく隠すもの、操作するもの、という認識が当たり前のようです。しかし、人々の命に直結する情報を隠すことはゆゆしき事態です。隠すことで被曝した方々に将来どのような影響が出るかが心配されます。そもそも、国、企業、学者、報道機関はいままで原発を安全だと言い続け、 反対する人を次々とつぶしていき、その結果がこのありさまです。関わった人の責任は、刑事責任をふくめて厳しく問われるべきです。「想定外」で逃げることはできません。想定できたことに準備しなかった責任をうやむやにしてはいけません。

TPPの議論にも同じことがいえます。あきらかに情報操作されています。政府や報道機関は日本社会全体を根底から揺るがしかねない重大な他の情報は 出さず農業だけの問題にすりかえ、「農業をなんとかすればTPPに参加できる」と議論をわい小化しようといます。情報操作して、国が間違った方向に行ったとき、誰が責任を取りますか。

─日本はTPPに参加するメリットや問題点などについて、どこまでシミュレーションしてきたのでしょうか

私はいままで自由貿易の交渉に参加してきた経験から、交渉の障害になるものが何であるかわかっています。製造業でいえば繊維、皮、履物などは歴史的に日本は絶対にゼロ関税にできません。またサービス分野、たとえば外国人看護師やマッサージ師の受け入れについても、これまで、かたくなに排除してきております。TPPにおいても「今まで以上のことを考えたことがないし、上からも検討の指示がない」というのが、所管官庁の課長クラスの認識のようです。

実働部隊である各省課長に指示をしていないというのが本当であれば、開国やら、自由化やら盛り上げようとしているが、具体的に何が起こるのかについ ては、実際はシミュレーションもしていないということになります。いままでとまったく違う次元の協定を議論しようとしているのに、日本が主体的な方針を 持っていないというなら、情報操作以前の問題で、いい加減な話です。

─直接TPPと関係ないEUは、日本のTPP関連の動きをどうみていますか

EUの代表部の方が私に質問しました。EUと日本は、WTOにおいて「多様な農業との共存」を重視し、FTAにおいても柔軟性を確保する姿勢は共通 しています。その日本がTPPにおいてすべて明け渡してもいいというのは、整合性がとれない、どういう論理なのかと言うのです。私も回答に困りましたが、 「あまり悩まないで欲しい、深く考えてないからこうなるんだろう」と言うと納得してくれました。EUからみても日本がTPPに参加することは非論理的だと見えるのでしょう。

日本とEUとの関係で言えば、二国間FTAで予備交渉が開始されることになりました。日本やアジアにとって、米国やオーストラリアといった新大陸に 比べて共通性の高いEUとのFTAは真剣に検討する必要がありましょう。EUは、適切な関税と適切な国内対策の組合せによって「強い農業」を追求する政策 を実践していますので、TPPとは違い、農業についての着地点を見いだすことは可能だと思います。

─TPPに反対する動きがあります。実際、TPPに参加しないストーリーは描けるか

日本がTPP参加に反対できるのか。日米関係、日中関係をどうするのかに関わって、外交上難しい問題です。TPPに反対するのであれば、現実的な対案を示さなければいけません。

今後、経済成長するのは近隣のアジアの国々です。中国との関係が難しくても、ともに懐深く協力し合って、アジア全体のいっそうの成長につながるよう な経済圏の足場を固めることは重要です。実は、私も事前交渉の委員の一人として参加し、日中韓FTAの事前交渉が進んでいます。来年早々には政府間交渉を 始めることが決定しています。いよいよ日中韓FTAが具体的に動き出します。

TPPのような極端なゼロ関税ではなく、適切な関税と適切な国内対策の組合せによって、参加者全員が総合的に利益を得られるような妥協点を見いだす 必要があります。中国は農業については積極的で、いまはコメも含めて全部自由化しようとも言っていますが、投資などについては、日韓が積極的で、中国が防 戦しており、最終的には、お互いに例外を認めつつ、柔軟で互恵的な着地点に到達することは可能だと思います。

このように、いままで何十年も実現できなかったゼロ関税の徹底と、ルールの共通化、たとえば弁護士や看護師の受け入れ、そこまでして「最後の砦」を明け渡しても米国への自動車輸出が増えるかもわからないTPPではなく、アジアやEUとの柔軟性ある互恵的なFTAを促進する方向性が、日本にとって現実 的と思われます。ただし、その場合は、米国との関係悪化を回避しつつ進めなくてはならないという非常に難しいバランスも要求されます。

─政界でもTPPの賛否は割れている。今後どう進んでいくか

TPPは参加表明国が定期的に集まり協議していますが、そう簡単にまとまりそうにありません。とはいえ、11月にオバマ大統領が生まれ故郷ハワイに錦を飾る時には、大筋合意という形で、とりあえず発足する可能性があります。

その11月までにTPPを本気で止めようとする政治家がどれだけ出てくるかが一番重要です。与野党ともに反対する議員も半数くらいはおられるわけですから、日本の将来に禍根を残さないために、最後まで、信念と覚悟をもって行動して下さることを期待したいですね。「努力したが、結局止められなかった」 ではすまない問題だと思います。私も、研究者の立場から、発言を続けます。震災復旧・復興でたいへんな状況ではありますが、TPPについても、全国各地 で、政府の方針説明を求めつつ、国民各層を巻き込んだ議論を拡大して行かねばならないと思います。(了)

(取材日:6月16日 取材・構成:《THE JOURNAL》編集部・上垣喜寛・西岡千史)

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「TPPに参加し、地域社会の崩壊や国土の荒廃が進み、安全な食料を安く大量に買い続けていく」。これが日本の将来のあるべき姿なのか? TPP問題を農業問題に矮小化することなく、TPPによって国民は何を得て、何を失うことになるかを論じた一冊です。ぜひご一読下さい。(参考:全国農業会議所HP

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【プロフィール】鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)suzuki2.jpgのサムネール画像
1958年、三重県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。
1982年、東京大学農学部を卒業後、農水省に入省。2006年より現職。著書に「TPPと日本の国益」「現代の食料・農業問題〜誤解から打開へ〜」など