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ジョンさん のコメント

長足の進歩を遂げつつも達人レベルには程遠い菊地の明日はどっちだ
ただ強者たちがキマイラって別次元の強さに直面してるのを知ってんのがカギかな
No.20
139ヶ月前
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一章 獣王の贄(にえ) 1  菊地良二は、月を見あげていた。  天にかかる歪(いび)つな月だ。  その月の横を、銀色に光る雲が動いている。  ずんぐりした、岩のような男だ。  十七歳――身長は中学生なみなのに、顔つきは、大人のように見えてしまう。  顔の肌が、岩か、蜜柑(みかん)の皮のようにざらついている。  眼が細かった。  蜜柑の皮に、ナイフで裂け目を入れたような眼であった。  唇が薄く、前歯が何本か折れている。  爬虫類のような顔をしていた。  どうかすると、蜥蜴(トカゲ)の一種に、このような顔つきをしたものがいるかもしれない。蜥蜴の嗤うところを見たかったら、この菊地の嗤(わら)った顔を見ればいい――そういう顔であった。  その菊地が、天を見あげているのである。  仙丈岳の頂(いただき)が、遠くに見えている。  その手前が、夜の森であった。  森の樹の多くは、ダケカンバか白樺である。  それらの葉が紅葉している。  風の中に、湿った、秋を迎えたそれらの葉の匂いが溶けている。まだ枯れる前の、どちらかというならみずみずしささえ感じられる、まだ、湿り気を含んだ葉の匂い。もちろん、新緑の頃の、あの青葉の匂いでこそないが、まだ生命(いのち)の呼吸の感じられる匂いであった。  森の手前に、牧場の草原のスロープが広がっている。  森に囲まれた牧場であった。  その草原の中ほどに一本の白樺の樹が生えている。  大きな樹だ。  牧場を造る時、その白樺だけ、切らずに残したのであろう。  その白樺に、一頭の牛がつながれている。  ホルスタイン――乳牛である。  そこから五〇メートルほど離れたところに大きな岩が地面から突き出ていた。ユンボなどの重機を使っても、そう簡単には動かせそうにないほど、巨大な岩だ。これも、牧場を造る時に、どかさずに残したものであろう。それほど大きな岩であった。  その岩から、少し離れたところに、岩に隠れるようにして、一台のジムニーが停まっている。  岩陰に隠れているのが、川島武士と沢口だ。  川島は、三三口径の狩猟用のライフルをそこで構えている。川島の横で、同様に岩陰に身を潜め、麻酔銃を構えているのが、沢口だ。  ジムニーの助手席で、麻酔銃を持っているのが、楠本喜一である。  その光景も、菊地のいる場所から見えている。  菊地の横にいるのが、九十九三蔵、久鬼玄造(げんぞう)、谷津島長安(やつしま ちょうあん)、吐月(とげつ)、そして、宇名月典善(うなづき てんぜん)である。  風がある。  月の横の、雲の動きが速い。  森の上の、樹々の梢が騒いでいるのが見える。葉と葉、梢と梢が風で触れ合う音が、潮騒のように、菊地のいる場所まで届いてくる。  その時、天を見あげていた菊地の眼に、見えてきたものがあったのだ。  菊地は、最初、それが鳥かと思った。  しかし、鳥にしては妙だった。  見た時、大きさを比べるものが近くにないので、鳥かと思ってしまったのだ。  しかし、鳥にしては、巨大すぎるのではないか。  それに、鳥に、あれほどの数の翼があるだろうか。鳥であるなら、翼は二枚――ふたつのはずだ。  それが、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚――  五枚?  それもおかしい。  翼は一対だから、二の倍数、偶数でなければならないはずだ。  それが、五枚というのは――  いや、五枚も、偶数も何も、そもそも二枚以上翼があることがおかしいのに、それが、偶数かどうかなんて、どちらでもいいじゃないか。いや、五枚じゃないぞ。六枚、七枚ある。  大きさも不ぞろいだが、確かに七枚――いや六枚か、それとも八枚?  見ているうちに、翼の数が変化してきているのだろうか。  しかし、見えている翼のうち、何枚かは、羽ばたいているように見えるが、何枚かは動いていない。それも、空気をつかんで滑空(かっくう)しているのではない。ただ意味なく動いているだけの翼もあるようであった。  いや、それは、翼ではない。  腕か。  腕のようなもの。  脚のようなもの。  いや、あれは首か!?  そこまで考えるのに、たくさんの時間がかかったわけではない。  ほんのわずかの時間、二秒か三秒の間くらいに、このくらいのことを一度に考えたのだ。  皆、あの変なものに気づいていないのか。  みんな、あれが、空からでなく地上をやってくるものだと思い込んでいるのか。  森の方ばかりを見ている。  教えてやらなければいけない。  今、上に、おかしなものが、もしかしたらあいつが来ているかもしれないということを――  そう思った時――  その影が、月と重なった。  そして――  それが、真下に向かって落ちてきたのだ。  その時、菊地は、ようやくそれを声に出そうとした。  が、声に出す前に、 「来た」  そう言った者がいた。  九十九三蔵だった。 初出 「一冊の本 2013年6月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。