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キマイラ鬼骨変 1 一章 獣王の贄 (1)
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キマイラ鬼骨変 1 一章 獣王の贄 (1)

2013-06-19 00:00
  • 37
一章 獣王の贄(にえ)




 菊地良二は、月を見あげていた。
 天にかかる歪(いび)つな月だ。
 その月の横を、銀色に光る雲が動いている。
 ずんぐりした、岩のような男だ。
 十七歳――身長は中学生なみなのに、顔つきは、大人のように見えてしまう。
 顔の肌が、岩か、蜜柑(みかん)の皮のようにざらついている。
 眼が細かった。
 蜜柑の皮に、ナイフで裂け目を入れたような眼であった。
 唇が薄く、前歯が何本か折れている。
 爬虫類のような顔をしていた。
 どうかすると、蜥蜴(トカゲ)の一種に、このような顔つきをしたものがいるかもしれない。蜥蜴の嗤うところを見たかったら、この菊地の嗤(わら)った顔を見ればいい――そういう顔であった。
 その菊地が、天を見あげているのである。
 仙丈岳の頂(いただき)が、遠くに見えている。
 その手前が、夜の森であった。
 森の樹の多くは、ダケカンバか白樺である。
 それらの葉が紅葉している。
 風の中に、湿った、秋を迎えたそれらの葉の匂いが溶けている。まだ枯れる前の、どちらかというならみずみずしささえ感じられる、まだ、湿り気を含んだ葉の匂い。もちろん、新緑の頃の、あの青葉の匂いでこそないが、まだ生命(いのち)の呼吸の感じられる匂いであった。
 森の手前に、牧場の草原のスロープが広がっている。
 森に囲まれた牧場であった。
 その草原の中ほどに一本の白樺の樹が生えている。
 大きな樹だ。
 牧場を造る時、その白樺だけ、切らずに残したのであろう。
 その白樺に、一頭の牛がつながれている。
 ホルスタイン――乳牛である。
 そこから五〇メートルほど離れたところに大きな岩が地面から突き出ていた。ユンボなどの重機を使っても、そう簡単には動かせそうにないほど、巨大な岩だ。これも、牧場を造る時に、どかさずに残したものであろう。それほど大きな岩であった。
 その岩から、少し離れたところに、岩に隠れるようにして、一台のジムニーが停まっている。
 岩陰に隠れているのが、川島武士と沢口だ。
 川島は、三三口径の狩猟用のライフルをそこで構えている。川島の横で、同様に岩陰に身を潜め、麻酔銃を構えているのが、沢口だ。
 ジムニーの助手席で、麻酔銃を持っているのが、楠本喜一である。
 その光景も、菊地のいる場所から見えている。
 菊地の横にいるのが、九十九三蔵、久鬼玄造(げんぞう)、谷津島長安(やつしま ちょうあん)、吐月(とげつ)、そして、宇名月典善(うなづき てんぜん)である。
 風がある。
 月の横の、雲の動きが速い。
 森の上の、樹々の梢が騒いでいるのが見える。葉と葉、梢と梢が風で触れ合う音が、潮騒のように、菊地のいる場所まで届いてくる。
 その時、天を見あげていた菊地の眼に、見えてきたものがあったのだ。
 菊地は、最初、それが鳥かと思った。
 しかし、鳥にしては妙だった。
 見た時、大きさを比べるものが近くにないので、鳥かと思ってしまったのだ。
 しかし、鳥にしては、巨大すぎるのではないか。
 それに、鳥に、あれほどの数の翼があるだろうか。鳥であるなら、翼は二枚――ふたつのはずだ。
 それが、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚――
 五枚?
 それもおかしい。
 翼は一対だから、二の倍数、偶数でなければならないはずだ。
 それが、五枚というのは――
 いや、五枚も、偶数も何も、そもそも二枚以上翼があることがおかしいのに、それが、偶数かどうかなんて、どちらでもいいじゃないか。いや、五枚じゃないぞ。六枚、七枚ある。
 大きさも不ぞろいだが、確かに七枚――いや六枚か、それとも八枚?
 見ているうちに、翼の数が変化してきているのだろうか。
 しかし、見えている翼のうち、何枚かは、羽ばたいているように見えるが、何枚かは動いていない。それも、空気をつかんで滑空(かっくう)しているのではない。ただ意味なく動いているだけの翼もあるようであった。
 いや、それは、翼ではない。
 腕か。
 腕のようなもの。
 脚のようなもの。
 いや、あれは首か!?
 そこまで考えるのに、たくさんの時間がかかったわけではない。
 ほんのわずかの時間、二秒か三秒の間くらいに、このくらいのことを一度に考えたのだ。
 皆、あの変なものに気づいていないのか。
 みんな、あれが、空からでなく地上をやってくるものだと思い込んでいるのか。
 森の方ばかりを見ている。
 教えてやらなければいけない。
 今、上に、おかしなものが、もしかしたらあいつが来ているかもしれないということを――
 そう思った時――
 その影が、月と重なった。
 そして――
 それが、真下に向かって落ちてきたのだ。
 その時、菊地は、ようやくそれを声に出そうとした。
 が、声に出す前に、
「来た」
 そう言った者がいた。
 九十九三蔵だった。




初出 「一冊の本 2013年6月号」朝日新聞出版発行

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他27件のコメントを表示

釣られたクマー

No.31 138ヶ月前

釣られたけど、やっぱこの人の書き方、スキー!

縦とか横とか関係なくちゃんと想像できる!

この人の書き方めっちゃ重い(気持ちじゃなくて、いろんなことをちゃんと表現しようとする)けど、それが好きだし本にすると重い(重量が)だけどこの感じなら全然ok!

復習がてら沢山読みたいです!!!!

No.32 138ヶ月前

ファッキューバック

No.33 138ヶ月前

釣られに来ました

No.34 138ヶ月前

なにこれ・・・

No.35 138ヶ月前

で?縦読みなのは、ドコ?

No.36 138ヶ月前

(⌒,_ゝ⌒)なんやこの文章!?

No.37 138ヶ月前

完結おねがいします・・・待ちすぎた

No.38 138ヶ月前

ああ、なんか素直に読めないと思ったら、横書きだからだ。
詩的で美しい文が、twitterの寄せ集めみたいになってる。
脳内で縦書変換したら、懐かしいキマイラが帰ってきたよ。
こりゃ、編集し直して出し直した方がいいと思うなぁ。
思いっきり原作の良さを損なってるよ。
昔の文庫を今の中・高生さんは読んでみて欲しい。
震えるほど美しいシーンがあるから。

No.39 136ヶ月前

>>24
まったくもっておその通りかと。

No.40 136ヶ月前
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