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もちこさん のコメント

人体の知識かと思ったら中二小説だった
No.8
138ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
一章 獣王の贄(にえ) 2  巫炎(ふえん)は、闇の中で腕を組み、胡坐(あぐら)をかいている。  保冷車の中だ。  いや、正確に言うのなら、保冷車の中に入れられた檻の中だ。  ジーンズをはき、Tシャツを着て、その上に綿のシャツをひっかけている。  闇の中だが、眼を開いている。  開いたその眸が、青く光っている。  しかし――  保冷車とはよく考えたものだ。  普通の車であれば、それがどのようなタイプのものであれ、逃げることはたやすい。窓のガラスを割って、そこから外へ出ればいいだけのことだ。  たとえ、それが強化ガラスであろうが、フィルムを貼ったものであろうが、いったんキマイラ化してしまえば、割ることはできる。  ドアだって、蹴破ることくらいはできるであろう。  それは、久鬼玄造(くきげんぞう)も承知している。  だからと言って、檻の中に巫炎を入れて、その檻をトラックの荷台に載せてゆくのでは目立ちすぎる。ビニールシートで、檻を囲ったとしても、人目を引く。  保冷車が選択されたのは、頑丈で、なお、外から内側を見ることができないからだ。窓もない。  その闇の中で、巫炎は、静かに呼吸しながら、視線を尖らせているのである。  と――  巫炎は闇の中で顔をあげた。  何か、聴こえたような気がしたからだ。  それは、上から聴こえた。 (あひいる……)  空の、ずっと高い所。  そして、また―― (あひいる……)  確かに聴こえた。  人の可聴範囲を遥かに越えた、高い声。  久鬼麗一(れいいち)だ。 「麗!」  巫炎は、顔をあげて、立ちあがっていた。  上から聴こえた――  それが何を意味するのか、巫炎にはわかっている。  人の声が、上から聴こえるというのは、普通、あり得ない。  近くに家があって、屋根の上からその声が届いてくるのか。  否。  屋根であれば、周囲の者たちが騒ぎはじめているはずだ。その騒ぎが伝わってこない。たとえ、それが、樹の上であってもだ。  崖の上から、聴こえてくるのか。  否。  ここが、信州の、牧場であることは、巫炎は知らされている。近くに崖のあることは、聴いていない。  しかも、その声は、ほぼ真上から近づいてきているのだ。  崖の上からならば、こういう聴こえ方はしない。  パラシュートか、パラセールか、そういうもので、上空から声の主が降りてきつつあるというなら、こういう聴こえ方はあるかもしれない。  しかし、それがただの人間なら、このような高い声は発せられない。  唯一、考えられるのは、上空から、久鬼麗一が、その声を発しながら近づいてきているということだ。  その声が、久鬼麗一がキマイラ化していることの証(あかし)であった。  それが、上空から近づいてくるというのも、キマイラ化の証である。おそらく、久鬼麗一は、変形(へんぎょう)し、獣の姿と化し、背から翼まで生やしているのであろう。だから、空からその声が近づいてきているのである。  そして、その声の意味を、巫炎は理解していた。  あのような声を、キマイラ化した者が、どのような時に発するのかを、巫炎は知っている。  獲物を見つけた時だ。  腹をすかせ、飢え、その食を欲している時、その対象となる獲物を見つけた時の声だ。  そして、その声は、悦(よろこ)びに満ちていた。  すぐに、思う存分、その獲物の肉に顔を突っ込み、血ごとその肉を噛み切り、舌で転がし、潰し、呑み込むことができるのだという思いと確信に溢れている声。  来るな――  そう叫ぶべきか。  いや、そう叫んで、久鬼麗一がここから去れば、どこか別の場所で、久鬼麗一は、また血肉を求めることになるであろう。  キマイラ化して、我を忘れている状態の時、人の血肉と動物の血肉を、区別できない。  それを、巫炎はよく知っている。  台湾で、それは、自分がやったことだからだ。  自分は、人の肉を生で食べている。  それも、生きながら。  そして、その時、自分は歓喜の声をあげていたことも覚えている。  それを、久鬼麗一にさせてはならない。  自分の内なる獣、キマイラをコントロールするためには、強い精神力と、訓練が必要である。  それを、自分は、できたはずであった。  台湾では、それができなかった。  それほど絶望していたのだ。 初出 「一冊の本 2013年7月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。