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kkkkkosさん のコメント

悪く言うと身の程知らずだけど
No.11
138ヶ月前
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 落葉を、踏んで歩く。  紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。  九十九(つくも)の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。  枯れ葉の匂いではない。  落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。  枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。  灯りは消している。  森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、 「消そう、九十九くん」  吐月(とげつ)がそう言ったのだ。 「月明りがある」  満月でこそないが、それに近い月だ。 「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」  吐月の言葉には、説得力があった。  それは、自身が、こういった文明の利器を使わず、山中に起伏(おきふし)していたからわかることなのだろう。 「はい」  うなずいて、九十九は灯りを消した。  それが、しばらく前のことだ。  消した直後は、一瞬、周囲が真っ暗になったように思えたが、すぐに眼が慣れた。  もともと、月明りで夜の道を歩く分には問題はない。あたりの情景が、それなりに見えるからだ。  江戸の頃、人は、満月の晩は提灯無しで歩いたのだ。  ただ、森の中は、頭上に被さった葉の繁る梢によって月明りが隠され、足元がかなり見えにくくなる。しかし、今、落葉樹の森は、葉の半分近くが散って、ほどよく月の光が注いでくるのである。  確かに、吐月の言う通りであった。  ライトを消したおかげで、森から届いてくる情報量が、はっきり増えたのがわかった。  暗く、青い、深海の底を歩くような気がした。  森に、包まれたようだ。  充分に歩くことができる。  必要になったら、ライトは点ければよい。  こちらがライトを点けていないことにより、むこうからはこちらが見えなくなる。  ライトを点けていると、久鬼(くき)と出会った時、最初に向こうに気づかれてしまう。  気づいた時、久鬼はどう反応するのか。  久鬼が、見つけた途端に自分たちを襲ってくるのではないかと思う半面、いや、もしかしたら、久鬼が、ここにいるのが友人である自分――九十九三蔵(さんぞう)であると気づいてくれるのではないかという淡い期待もあった。  しかし、あの、獣となった久鬼が、自分に気づいてくれるであろうか。  その不安がある。  考えてみれば、自分は無謀なことをしているのではないか。  久鬼玄造(げんぞう)の言う通り、牧場のあの場所で待っていた方がよかったかもしれない。  仮に、久鬼と出会えたとして、いったい、自分はどうすればよいのか。  何か、することがあるであろうか。  なにも思いつかなかった。  吐月はどうなのか。  吐月は、あの久鬼と、これから出会うかもしれないことについて、どう考えているのであろうか。  九十九の心を、覗いたように、 「九十九くん」  吐月が声をかけてきた。 「きみと初めて会った時にも言ったことだが、わたしは、若い頃、仏陀に――つまり、覚者になろうとしていたのだよ……」  低い声だった。 「本気でなろうと思っていた。いや、なれると思っていた。ゴータマ・シッダールタが、過去においてそうなったのなら、自分もまた必ずなれるのだと……」  九十九に、というよりは、吐月は自分に言い聞かせているようであった。 「そして、チベットへ渡り、あの陳岳陵(ちんがくりょう)とカルサナク寺で出会い、その地下で、『外法曼陀羅図』を見たのだ……」  歩きながら、吐月は、微かに笑みを浮かべたようであった。  その笑みの気配があった。  優しい、哀しみに満ちた笑み―― 「若かったのだなあ……」  吐月はつぶやいた。 「若い頃は、何でもできると思ってしまう。仏陀にでさえなれるのだと思ってしまう。若さとは、そういうものだ……」  昔の自分をなつかしむような響きがあった。 初出 「一冊の本 2013年8月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。