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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (2)
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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (2)

2013-08-07 00:00
  • 17
 落葉を、踏んで歩く。
 紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。
 九十九(つくも)の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。
 枯れ葉の匂いではない。
 落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。
 枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。
 灯りは消している。
 森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、
「消そう、九十九くん」
 吐月(とげつ)がそう言ったのだ。
「月明りがある」
 満月でこそないが、それに近い月だ。
「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」
 吐月の言葉には、説得力があった。
 それは、自身が、こういった文明の利器を使わず、山中に起伏(おきふし)していたからわかることなのだろう。
「はい」
 うなずいて、九十九は灯りを消した。
 それが、しばらく前のことだ。
 消した直後は、一瞬、周囲が真っ暗になったように思えたが、すぐに眼が慣れた。
 もともと、月明りで夜の道を歩く分には問題はない。あたりの情景が、それなりに見えるからだ。
 江戸の頃、人は、満月の晩は提灯無しで歩いたのだ。
 ただ、森の中は、頭上に被さった葉の繁る梢によって月明りが隠され、足元がかなり見えにくくなる。しかし、今、落葉樹の森は、葉の半分近くが散って、ほどよく月の光が注いでくるのである。
 確かに、吐月の言う通りであった。
 ライトを消したおかげで、森から届いてくる情報量が、はっきり増えたのがわかった。
 暗く、青い、深海の底を歩くような気がした。
 森に、包まれたようだ。
 充分に歩くことができる。
 必要になったら、ライトは点ければよい。
 こちらがライトを点けていないことにより、むこうからはこちらが見えなくなる。
 ライトを点けていると、久鬼(くき)と出会った時、最初に向こうに気づかれてしまう。
 気づいた時、久鬼はどう反応するのか。
 久鬼が、見つけた途端に自分たちを襲ってくるのではないかと思う半面、いや、もしかしたら、久鬼が、ここにいるのが友人である自分――九十九三蔵(さんぞう)であると気づいてくれるのではないかという淡い期待もあった。
 しかし、あの、獣となった久鬼が、自分に気づいてくれるであろうか。
 その不安がある。
 考えてみれば、自分は無謀なことをしているのではないか。
 久鬼玄造(げんぞう)の言う通り、牧場のあの場所で待っていた方がよかったかもしれない。
 仮に、久鬼と出会えたとして、いったい、自分はどうすればよいのか。
 何か、することがあるであろうか。
 なにも思いつかなかった。
 吐月はどうなのか。
 吐月は、あの久鬼と、これから出会うかもしれないことについて、どう考えているのであろうか。
 九十九の心を、覗いたように、
「九十九くん」
 吐月が声をかけてきた。
「きみと初めて会った時にも言ったことだが、わたしは、若い頃、仏陀に――つまり、覚者になろうとしていたのだよ……」
 低い声だった。
「本気でなろうと思っていた。いや、なれると思っていた。ゴータマ・シッダールタが、過去においてそうなったのなら、自分もまた必ずなれるのだと……」
 九十九に、というよりは、吐月は自分に言い聞かせているようであった。
「そして、チベットへ渡り、あの陳岳陵(ちんがくりょう)とカルサナク寺で出会い、その地下で、『外法曼陀羅図』を見たのだ……」
 歩きながら、吐月は、微かに笑みを浮かべたようであった。
 その笑みの気配があった。
 優しい、哀しみに満ちた笑み――
「若かったのだなあ……」
 吐月はつぶやいた。
「若い頃は、何でもできると思ってしまう。仏陀にでさえなれるのだと思ってしまう。若さとは、そういうものだ……」
 昔の自分をなつかしむような響きがあった。




初出 「一冊の本 2013年8月号」朝日新聞出版発行

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他7件のコメントを表示

>>6
俺は君に書いた人間じゃないが、何を言ってるんだお前は・・・色々と日本語がおかしいぞ。

No.8 130ヶ月前

夢枕獏の読者って、↑みたいな人ばっかだよね

No.9 130ヶ月前

仏陀になりたいとも思わんのだがなぁ
憧れや尊敬はしてるんだけども実際になるには俗念が多すぎるや

No.10 130ヶ月前

悪く言うと身の程知らずだけど

No.11 130ヶ月前

いやむりだろ

No.12 130ヶ月前

ただの志が低くなった屑じゃねーか

No.13 130ヶ月前

村上春樹がベストセラー作家なわけだし、会話が嘘くさいとかはどうでもいい

仏陀については、吐月は崇めてないんじゃないか
教えに賛同しただけでさ
そういう態度の方が自然だと思うけど、仏教徒としてはアウトかもね

No.14 130ヶ月前

夢さんの本、一冊も読んでないな。
ちょっと一冊くらい読みたい。

No.15 130ヶ月前

そろそろ、接近戦希望します。

No.16 130ヶ月前

せめて一通り読んで、どんなキャラか見た上で批判してたらなぁ。
濃いキャラばっかなんだけどな。

No.17 128ヶ月前
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