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toratoraさん のコメント

何十年ぶりの邂逅だろう。人生、紆余曲折あって一巡りした出会いと言っていいのでは。
この二人が言葉をかわす時に出会えるとは。間に合ってよかった。
No.1
135ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
8    九十九は、その獣の正面に立っていた。  無数の首が持ちあがり、無数の眼が九十九を見ていた。  しかし、同時に、同じくらいの無数の首と口が、  げええ、  がああ、  血肉の塊 ( かたま)りや、何かわからないどろどろとしたものを吐き出し続けていた。  幾つかの口が、体内に溜っている毒素を、赤黒い鶉 ( うずら)の卵ほどの大きさのものにして、吐き出しているのも、これまでと同じだ。  だが、それらは、この獣の無意識がやっていることのように見えた。  たとえば、それは、心臓の脈動のようなものだ。  たとえば、それは、肺の呼吸のようなものだ。  あるいはそれは、歩行のようなものだ。  心は何か別のことを考えていても、それらの臓器や脚は、自分の動きを続けることができる。  しかし、その獣の本体、その意識は、今、はっきりと九十九に向けられている。 「久鬼、おれだ。九十九だ」  九十九は言った。  と――  その獣の中心あたり。  獣毛に覆われた部分に、何かが盛りあがった。  そこから、せりあがってくるものがあった。  ゆっくりと、月光の中へ――  それは、人の身体であった。  水中から、人が、だんだんと頭を持ちあげてくるように、人が、上体をゆっくりと起こしてくるように、その姿が見えてくる。  頭部。  顔。  肩。  胸。  腕。  腹。  裸体である。  白い肌をした、男の上体の裸体。  知っている。  他人ではない。  それは、久鬼であった。  久鬼の身体が、今、獣の体内から生 ( は)えてきたのである。  久鬼は、眸を閉じていた。  この間にも、獣は、肉を吐き出し続け、毒素を吐き出し続けている。  その獣の吐き出したものが、獣の周囲に溜ってゆく。  もの凄い臭いだ。  血肉を吐き出せば、吐き出したその分だけ、獣の身体は縮んでゆくようであった。  毒素を吐き出せば、その分だけ、獣は元気になってゆくようであった。  げえええ、  があああ、  ち、  チ、  ち、  くるるるるるる……  るるるるるるる……  獣が、低く喉を鳴らしている。  久鬼の上体が、その獣の中心に、真っ直ぐに立った。  体液にまみれて濡れた髪が、白い額に張りついていた。  ゆっくりと、その眸 ( め)が開かれてゆく。  潤いのある、美しい黒い瞳が露 ( あら)わになった。  その眸が、九十九を見た。  しかし、まだその眸は、何も認識してはいないようであった。 「久鬼……」  九十九が、つぶやく。  久鬼のその眸に、わずかな光が宿った。 「九十九……」  久鬼の唇が動いた。 「わかるか、久鬼、おれだ……」  九十九は、穏やかな、低い声で言った。  浅く、一歩、前に出る。  ぎる、  ぎるるるる……  いくつかの首が、頭部を持ちあげる。 「どうして、ここに……」  久鬼は言った。  おまえを助けるために……  九十九は、その言葉を口にしようとした。  しかし、口にできなかった。  助けるといっても、九十九にはどうしたらよいのかわからない。  その方法を持っていなかった。  このまま、久鬼玄造たちの来るのを待って、さらに麻酔弾を打ち込んで、久鬼をあの保冷車に収納するのがよいのか。  それが、できるのか。  問われて、九十九は、途方にくれた。 「おまえを、救いたい……」  それだけを言った。  正直な気持ちだった。  どうしていいのかはわからないが、それだけは、間違いがない。  ああ――  もしも、ここに真壁雲斎 (まかべうん さい)がいてくれたら。  雲斎なら、どうするであろうか。  しかし、今、ここに雲斎はいない。 初出 「一冊の本 2013年9月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。