• このエントリーをはてなブックマークに追加

タツクさん のコメント

キマイラにげちゃうね
No.2
135ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
     10  九十九(つくも)の見ている前で、久鬼が静かになっていった。  騒いでいた顎(あぎと)たちの声がおさまってゆき、猫が喉を鳴らすような、低い唸り声のような、甘えるような、そういう声を発するようになった。  獣毛が抜け落ちてゆく。  久鬼の全身から生えていたものが、ゆっくりと、身体の中に消えてゆく。  消えぬものも、あったが、それはまた別のものになってゆく。  それらが、背から生えた、一本ずつの青黒い腕となってゆく。  幾つかあった顔が、久鬼の顔の周囲に集まってゆく。  どこかで、見たことがある――  九十九はそう思った。  顔が、幾つかある仏像。  腕が何本もある尊神。  獣のような、牙を生やした神。  不動明王?  大威徳明王、ヤマーンタカ?  久鬼は、そのような姿となった。  巫炎(ふえん)の翼が、ばさりと振られた。  久鬼の翼が、ばさりと動く。  ふたりの身体が、ふわりと草の上に浮きあがった。  ゆっくりと、ふたりの身体が、抱きあうようにして浮きあがってゆく。  上へ。  風の中へ。  月光の中へ。 「久鬼……」  すでに、ふたりの身体は、周囲の梢よりも高くなっていた。  ふたりの向こうに、月があった。  ふたりは、もう、風の中にいる。  ふたりは、もう、月光の中にいる。  ふたりの身体が、移動してゆく。  自らの意志でそうしているのか、風に流されているのか。  その時、背後に人の気配があった。 「ここか――」  声がした。  振り返ると、草を分けて、宇名月典善(うなづきてんぜん)がこちらへ向かって歩いてくるところであった。  その後ろに、菊地(きくち)がいて、さらに銃を持った男たちが続いていた。  すでに、宇名月典善の眼は、草の上の肉塊のようなものを眼にしている。 「どうした。何があった!?」  問うた典善の視線が、上に向けられた。 「あそこだ!」  天に浮いた巫炎と久鬼の身体が、風に流されるようにして、梢の向こうへ消えてゆくところであった。 「追うぞ――」  典善が、すぐに疾り出した。  話を交す間もない。 「事情は、後で聞く――」  背中越しに、典善が言った。  一瞬、九十九と菊地の眼が合っていた。  が、言葉は交さない。  菊地はすぐに、典善の後を追って、銃を持った男たちと共に、森の中へ消えた。  気がついてみれば、つい今までそこにいたはずの、ツオギェルの姿もまた消えていた。 画/ ケースワベ 初出 「一冊の本 2013年11月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。