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再掲「黒執事」古川雄大・広瀬友祐・佐々木喜英・植原卓也 河原田巧也・高木俊・荒木宏文くん2015/11/26@赤坂アクトシアター
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再掲「黒執事」古川雄大・広瀬友祐・佐々木喜英・植原卓也 河原田巧也・高木俊・荒木宏文くん2015/11/26@赤坂アクトシアター

2016-10-31 04:04

    2015/12/24

    6:02 pm

    • 6:02 pmの画像
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    「黒執事」を観た。古川雄大・広瀬友祐・佐々木喜英・植原卓也
    河原田巧也・高木俊・荒木宏文くん出演で観に行った。
    感想は、物語は活劇としても推理劇としても面白い、役者も素晴らしい、
    キャラクターもよく描き分けられていてそれぞれが個性的でネタもちりばめられていて面白い、
    観れてよかった。
    でも、あえて注文を付けるとすれば、
    演出家が演出プランとして付け加えた部分がどうも「黒執事」世界にマッチしない方向に思え
    原作の読後感とは少し異なった印象を持った。

    既に観たことがあったので知っている物語ではあったけど、古川くんに替わったことで、
    シエルとの主人公二人の関係性に深みが増したように見え物語まで新鮮に見えた。
    古川くんのセバスチャン、スタイルの良さが衣装とも相俟ってきれいに決まり気持ち良かった。
    本人の性格とは異なりキザが似合ってしまう古川くん、
    「イエス、マイロード」もこんな風に色気たっぷり風に言われると、
    職務に忠実なだけでなくシエルに対する特別な愛ある感情が見え、
    こうだよなこのセリフ、こういう風に言うんだよな、と初めて分かった。
    他の俳優たちの演技も古川くんに攪拌され定番にプラスが加わり当たり前かもしれないが進化して見えた。


    佐々木くん演技過多にやればやるほどキャラクターに近づくし、
    しかも愛らしくなるから不思議な魅力の特異俳優だと思う。
    演劇はTVのお笑いコント番組ではないのだから通常は演技過多はしてはいけない、
    舞台上の他者とのバランスを考えて、あるところまでで抑えるものなのだけど、
    彼のこの舞台の場合、元元の素顔の綺麗さ愛らしさがなせる業なのだろうと思うが、
    役柄の感情を過剰に表現すればするほど役柄も余計に愛らしくみえ、
    きれいな顔が際立ち、この世界に地に足の着いた人間として存在していることの実感が浮上する。
    周りから浮こうが引かれようが気にならない、
    という好循環作用を持つ自動機械のような特異俳優ではないかというのが僕の意見だ。

    広瀬くん彼にはギャグの場をもっと与えてあげたい、
    根がスポーツ選手な彼はまっすぐなストレート芝居が似合う、
    そこから脱皮しようとしている最中なのだろう、
    彼が無理やり微笑んでいるシーンではこちらがほほ笑んでしまう。

    高木くん全く問題なし、一生そのままやっていてください。

    植原くん、立ち回りうまくなり奇妙なキャラクター性良く出していて成長してる。
    俳優たちの演技はそれぞれが個性出していて,

    それが舞台上に安心感と和やかな空気を作り出し、そこは素直に楽しく観れた。

    でも演出に関わるところでいくつかこれは黒執事の世界と違うのではないかと思ったところがあった。
    とはいえ、僕はそれほど原作に精通しているわけではないので、
    原作のどこかに演出家が志向した表現があったらごめんなさいします。

    美術の作りが何に基準を置いているか分からない。
    「黒執事」は19世紀ロンドンの話だ。
    死神や悪魔が闊歩しようが物語は黒執事の物語世界の中で真実として語られる。
    あくまでも物語の舞台はヨーロッパの街の中で起きシエルが生きている世界の真実に従って物事は動く。
    なのに美術セットは時としてここは別の世界と言わんばかりに
    立方体が長方形や斜めに変形したり意味不明な抽象の置物が出現する。
    19世紀のロンドンの街の景色はたぶん重く暗い、
    厚味のある石造りの館、歩道も石畳、街路にはガス灯、
    こうした街の装置が醸しだす空気を、
    そのまま大道具にすればそれで「黒執事」の世界は成立するはずだ。
    僕には演出家が何かしら独自性を出そうとして、
    自分がどこに立っているか忘れて不用な修飾をしすぎたように見える。

    音楽もロックとはいえお手軽な今風ロック、
    ダンスもその踊る対象キャラクターとは無関係なヒップホップ風の今はやりのダンスにして見せている。
    でもただ、綺麗なメロディに世界観に合致したリズムを素直につければいいのに、
    ロックでもクラシックロックとか似合うロックはあるだろうと思う。

    振付でも死神には死神を表現するダンスがほしい、
    ヒップホップ系のただ手順に従って体と関節動かすだけ、
    見た目には刺激があり面白いかもしれない、
    でも、キャラクターの感情や心情を何も表現しないダンス、
    しかも時代設定無視した場違いなロック、
    僕だけの好みかもしれないけど、
    激しいけど優雅でそいつならダンスでこんなこと言いたいんだろうというダンスが見たかった。

    美術と音楽が時代設定やロンドンを無視しているのに、
    衣装はその時代の重厚な19世紀ロンドン風、というか宮廷風衣装になっている。
    しっかりした衣装に扮した人間がいて、
    其れなのに電動のこぎりがあってもいい、
    それはこの原作がこの世界を作り上げる過程で周到に準備し、
    衣装も電動のこぎりもこの世界を構成するのに必要な素材として描かれているのだから、それは有りだ。

    でもこの演出家には何でもありの世界観と映ったのだろう。
    今風のロック、ヒップホップ系の感情表現より身体能力で見せる系ダンス、
    美術大道具にはそこがどこか分からないようなある図形化された装置を用意し
    不吉で不安な世界を表したかったのだろう。
    古風な物語に見られたくなかったのかもしれない。
    でもただ素直に物語世界を細部にわたって再現しようとすればいいだけなのに。

    もひとつ、全体に長い、歌とダンスをもっと詰めれば、あと10分は詰まる。
    芝居のながれをもっとテンポ良くすれば3分は詰まる。
    カーテンコールの遊びの唄を詰めれば2分は短くなる。
    キャラがはっきりしてるので表現にかける時間を短くしても面白さに影響ないはずだ。
    全体で15分短くなればもっと楽しく観れたのに。

    最後に一つ、
    シエルは、今回は本人が成長したのだろう、前回の方が役柄に近い気がした。
    少年が大人になる過程の後期に差し掛かり、
    美少年キャラクターを演ずることにやや無理が生じているように思えた。
    本人のしっかりした演技力やセリフのチカラ、集中力や誠実さにとても好感が持てたのだけど、
    シエルの可愛らしさ、美少年だから許されるわがままの無邪気さ、
    は不足していたように思う。
    俳優としてのチカラは十分に発揮されていてお芝居としてはきちんと成立している。
    問題はそういう俳優本人とは無縁のところにある。

    全体には楽しかったので、楽屋にも気楽に行けた。
    疲れていただろけどパチリ。高木くんには共演歴のある山下さん入れてパチリ。


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