「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。 今回は、7月18日(月)の配信から番組のハイライトをご紹介。リアルタイムの配信を見逃した方は、気になった部分だけでも動画でぜひご覧ください。 次回8月1日(月)は、要望の多い「SF書評特集」を予定しています。お楽しみに!

■2016/07/18配信のハイライト

  • ソフトバンクのARM買収が意味するものとは?
  • ポケモンGOが世界中で大人気
  • トルコのクーデター未遂から得られる教訓とは?
  • 参院選でわかった本当の課題とは?
  • 【会員限定】天皇の生前退位報道を読み解く
  • 【会員限定】都知事選の真の問題は、選挙システムそれ自体だ!
  • 【会員限定】視聴者からの質問:日本をもっとよくしていくためには?
  • 【会員限定】「ハヤカワSFデジタル化総選挙」、あなたは何を読む?
  • 【会員限定】視聴者からの質問:非ノイマン型コンピュータは今後活躍する?
  • 【会員限定】視聴者からの質問:FPGAやハードウェア記述言語は、今後重要性を増すでしょうか?
  • 【会員限定】視聴者からの質問:Windowsはプロプライエタリのまま?

ソフトバンクのARM買収が意味するものとは?

―――ソフトバンクが3.3兆円で英ARM社を買収したということですが、いったいARM社とはどんな企業なんですか?

小飼弾

「世界で一番普及したCPUの知的所有権(IP)を持っている企業です」

―――CPUというと、インテルだと思っている人も多そうです。

「iPhoneにもiPadにもApple WatchにもARMプロセッサが使われています。MacBookのCPUはインテルなんですが、でもARMプロセッサも入っている可能性は高いですよ。例えばSSD(フラッシュメモリを使った記憶装置)のコントローラはARMプロセッサかもしれません」

(略)

「今、世界人口は70億人ですが、毎年その数倍のARMプロセッサが売れていて、インテルとは桁が1つ以上違います。今や、インテルのCPUはニッチ分野だけで使われているという言い方もできるんですね。みんなが気づかないような機器でもARMプロセッサは使われていて、世界はまさにARMで動いている!」

―――ARMプロセッサは、どうしてこんなに普及したんですか?

「インテルプロセッサはハイパフォーマンスを狙っていましたが、ARMは省電力かつ省資源。同じことをするなら、ARMの方がインテルより少ないトランジスタで実現できます。コストが圧倒的に安い。ARMプロセッサは安いですから、単純な売上でいえばいまだにインテルの圧勝です。ただし、どっちがより成長しているかと言えば、ARMです」

(略)

「スマフォやタブレットの市場に、インテルはAtomというx86系アーキテクチャのCPUで挑みましたが、ARMには勝てず結局この分野から撤退することになりました。64ビットのARMは、インテルの牙城であるサーバー市場でも十二分に使えます」

(略)

「インテルは64ビットCPUの戦略で失敗し続けてきた歴史があります。インテル自身、64ビットCPUの市場でx86系アーキテクチャがそのまま使えるとは考えておらず、IA-64というx86系とはまったく異なるアーキテクチャを開発していました。けれど、できた64ビットCPUはコストパフォーマンスが悪かったんですね。当時、互換チップメーカーのAMDが、x86を拡張してAMD64というアーキテクチャを開発し、本家のインテルも最終的にはAMD64を飲まざるを得なくなりました。インテルの歴史の中で一番屈辱的だったのは、AMD64のライセンスをAMDから受けたことでしょう。インテルは、未来予測を誤ったんです。でも、インテルにとって、ARMの台頭はさらに痛いことかもしれません」

―――インテルは優秀なCPUメーカーですよね。それなのに、独自アーキテクチャの64ビットCPUを開発しようとして失敗し、ARMの台頭も許してしまったというのは不思議な気がします。

「優秀な人が何でもできるわけではないですよ。同じ走る競技でも、短距離走で優秀な選手がマラソンで勝てるとは限りません。目標とするものが違うんですね」

―――世の中で求められるコンピュータの用途が変わったということなんですか?

「それもあります。では、なぜインテルはそっちの市場をスルーしていたのか? 実はインテルもスルーしていたわけではなく、ARMアーキテクチャのCPUを作っていたことがあったんですが、手放してしまいました」

(略)

「なぜインテルがモバイルに舵を切るのが遅れたかと言えば、儲けが薄いからです。そのARMを『もう毛が薄い』孫さんが買ったというのは理にかなっていますが(笑)。ARM社は売上がそのまま粗利のような会社ですから儲かっていますが、安価なCPUを作るメーカーはそれほど儲かりません」

―――ARMアーキテクチャにはそれほどの魅力があると?

「ARMアーキテクチャに魅力があるというより、他がそこまで魅力的ではなかったということでしょう。ARMを脅かすのは、もう無理でしょうね」

―――ARM社は独占企業なんですか?

「なぜARMがそれほど独占企業だと思われていないかと言えば、ARM社のアーキテクチャをそのまま使っているメーカーなんてないからです。それぞれのCPUメーカーが独自に改良を加えています。AppleのiPhoneやiPadで使われているAシリーズのCPUもそうですね」

―――改良するくらいなら、自社オリジナルのアーキテクチャを開発した方がよいのでは?

「もしそうするとしたら、そのための開発ツールなども作り直しになります。これまでARMアーキテクチャに合わせて作られていたものを切り替えてもらうのは、ものすごく大変です」

―――ARM社を作った企業の1つがAppleなんですね。

「Appleは個人情報端末の走り、NewtonでARMプロセッサを採用しました。ハイパフォーマンスよりローエナジーの方が重要になるという、先見の明はあったんですよ」

(略)

「ソフトバンクがARM社が買収したというのは金融的な意味はありますが、ソフトバンクという会社に何らかのシナジーが生じるかというと、それはちょっと考えづらい。孫さんのARM社に対する立場はリーダーシップではなく、オーナーシップでしょう。手に入れたARMのIPを利用してああだこうだするというのはあまり考えられない」

―――ソフトバンクのスマフォ向けARMアーキテクチャを作ったりとか?

「それは無理。もしソフトバンクがそんなことをするとしたら、別の会社がソフトバンク買収に乗り出すくらいの案件ですよ」

―――ものすごい早業で契約にこぎ着けたそうですね。

「機会があったら買いたい企業のリストには入れていたんでしょう。電光石火の早業を繰り出しているように見える人たちは、前々から準備しているものですよ」

【続きは動画で】0:00:35

ポケモンGOが世界中で大人気

小飼弾

「ポケモンに関して僕がどうしても許せないことが1つあります。ポケモンの種類が変わることを『進化』と言うじゃないですか。でも、個体は進化しません! あれは、あくまで『変態』ですよ!」

―――ポケモンまでの距離がメートルで表示されているおかげで、ヤード・ポンド法に慣れているアメリカ人がメートル法を学びつつあるのだとか。

「科学技術の世界ではメートル法が楽だということはわかっていました。僕が学生の頃からたいていの大学の壁には「Go Metric!」(メートル法にしよう)と書かれていましたよ。NASAも最近のビークルはメートル法で設計しています。ただ、海と空の世界はまだメートル法が及んでいません」

―――これからAR(拡張現実)のブームは来ると思いますか?

「ブームと言われているうちはまだ来ていないんですよ。スマフォブームといっている人はもういないでしょ?」

―――アニメ『電脳コイル』で描かれたように、ARが私たちの生活に定着することはありそうですか?

「ARに関して、なぜみんな予測を誤ったかと言えば、メガネのような没入型のデバイスでないとダメだという先入観があったから。でも、ポケモンGOが示したように、普通のスマフォで十分だったんですね」

(略)

「優れた技術だからといって普及するとは限りません。その最たる例がテレビ電話でしょう。人の五感を占有しすぎる技術は避けられるんじゃないでしょうか。没入型はハレの日専門ということになるのかも。ポケモンGOが没入型でなかったというのも、世界的ヒットになった1つの理由でしょう」

【続きは動画で】0:22:10

トルコのクーデター未遂から得られる教訓とは?

小飼弾

「本当にトルコは面白い国で、日本以上にうまく行ってほしいし、世界的に重要な国だと思っています。なぜそう思うかというと、大半の国民が信仰している宗教がイスラムで、かつ世俗的だから。建国の父、アタテュルクは政教分離を掲げ、政治と宗教がぶつかったときは政治を優先すると言い切りました。トルコはアラビア文字すら捨てましたからね」

(略)

「トルコが進めてきた近代化には当然文民統制(シビリアンコントロール)も入っているはずなんですけどね。今回のクーデター未遂事件では、裁判官もいっぱい逮捕されました。日本でも、三権分立が完全に実現されているかというと疑問ですが、それでも行政が司法に干渉するのはせいぜい裁判官を僻地に飛ばすくらい」

(略)

「統治者から見たら、三権分立は非常にウザい制度でもあります。これはトルコだろうが、どこでもそうですが、ウザいおかげでやり過ぎを防げる」

―――エルドアン政権は強権的と言われていますが、民主的に成立したわけですよね。

「成立過程はそうだったと僕も思います。でも、問題はいつでも成立した後なんですよ。結局、話し合いではどうにもならず、血を流す羽目になってしまう。民主的に成立した独裁した政権が、再民主化してうまくいった事例はあるのかなあ」

【続きは動画で】0:40:20

参院選でわかった本当の課題とは?

―――今回の参院選、あまり盛り上がったとは言えませんでしたね。

小飼弾

「とりあえず、現政権は恐いけれど、与野党逆転はもっと恐いということでしょう。与党3分の2といっても自民党の最盛期を取り戻したわけではありません。自民党の最盛期には、単独で3分の2をうかがっていました。今は公明党と連携して……という形です。なぜそうなったかといえば、逆説的ですが、自民党の中での多様性ががくんと減ったから。昔の自民党には、××派という派閥がたくさんあって、あれが多様性を担保する仕組みになっていました。では、この自民党の多様性が失われた理由は何か?」

(略)

「それは小選挙区制です。そして、小選挙区制を進めたA級戦犯が、小沢一郎でした」

(略)

「2大政党制はイケてないというのが、世界的なトレンドになりつつあります。2大政党制の代表といえば、イギリスとアメリカ。きれいな対立軸がある時なら、2大政党制はうまく機能します」

―――でも、そうでない時は、細かな違いでの争いになってしまう。

「そう。だったら、始めから細かい違いのある政党がいっぱいある方がいい。2大政党制で鳴らしたイギリスやアメリカでもそうなりつつあります。それに、2大政党制が板に付いている国では、党内に多様性を担保するための仕組みを持っています。例えば、党議拘束というふざけた仕組みはありません。ただ、政党を選ぶのか、個々の議員を選ぶのかは難しい問題です。党議拘束は1票の格差をなくすにはいいことなんです。今知られている選挙制度で1票の格差を最小にできるのは比例代表制です。比例代表制では議員ではなく、政党を選びますよね。政党を選んでいるのに党議拘束がないというのは、これもふざけた話になる」

(略)

「同じ1票を投じるにしてもいろんなやり方がありますから、選挙制度はとても重要なんです。ひとり1票というのがいい制度なのかという問題提起も行われています。1つの方法としては、投票する時、1票ではなく候補者を順序づけてもらうというやり方があります」

(略)

「選挙制度は改良の余地がいっぱいあります。かつて民主党が政権を取った時、彼らは公職選挙法の改正を最初にやるべきでした」

(略)

「今の議員は今の選挙制度で選ばれた人たちなので、同じ選挙制度で戦うなら現職がどうしても有利になります」

(略)

「『理性の限界』という本では、アローの不可能性定理を紹介しています。この定理は、どんなに選挙制度の改良に尽くしても全員が幸せにはならないということを示しているんですが、今の選挙制度はそのはるか手前の段階ですよ」

【続きは動画で】0:49:10

【会員限定】天皇の生前退位報道を読み解く

―――宮内庁は否定していますが、天皇が生前退位の意向を示しているという報道が出ています。

小飼弾

「参院選の直後に、生前退位のニュースが出ました。これが意味するのは何か? 天皇とは、明らかに生物学的にヒトで、にもかかわらず基本的人権を保証されていないのが確実な存在でしょ。基本的人権を大切にするなら、憲法の第1条から第8条を改正せざるをえない。憲法は、天皇の基本的人権をないがしろにしています」

―――でも、憲法改正を唱える政治家が目指しているのは、天皇の基本的人権ではないですよね?