3月になって、興行における観客の存在、その大切さをあらためて噛みしめている。試合がおもしろいかどうかが興行のすべてじゃないってことだ。満員の客席、そこにいるファンの気持ちが一体になることで、興行の充実度はとてつもなく高まる。
3.3UFC日本大会が、まさにその好例。3月9日の金原弘光主催興行『U-SPIRITS again』もそうだった。DEEP佐伯代表いわく「世界一の格闘技会場」である後楽園ホールに集まったファンは、UWFを見て育った“同窓生”だ。みんな思い出を共有している。前回もそうだったが、第一試合開始前に会場はほぼ満員。それがなぜかも、みんなわかってたはずだ。
U系団体恒例の全選手入場式が見たかったのだ。UWFメインテーマね合わせて手拍子やりたかった。
どの試合にも背景があって、それを観客もわかって見ている。ハンス・ナイマンは53歳、身体も動きも全盛期よりは衰えているけど、でもやっぱり強そうで怖そうだ。知らない人が見たって、この人ただもんじゃないなと思うだろう。しかも僕らにはリングス時代の記憶があるから、なおさら強そうに、怖そうに見える。まあ言ってみれば“思い出補正”込み。でも、この試合はそれでよかった。
といって、懐かしさに浸るだけの同窓会ってだけでもなかった。菊野克紀は、Uの血を引いてはいるがUを通っていない、空手家としての自分を貫き通した。鈴木みのるは前回の金原戦とは違ってレガースを着用せず、“世界一性格の悪い男”としてリングに上がり、しかしアキレス腱固めでフィニッシュするという絶妙のバランス感覚。
そしてメインだ。金原弘光vs近藤有己。金原の“総合格闘技ラストマッチ”である。自分たちも一緒に“U空間”を作ろうという観客たちがいて、それぞれのセコンドに会場にいたパンクラス勢、Uインター&リングス勢がついて、お膳立ては完璧。その上で、金原と近藤は期待をはるかに上回る試合をやってのけた。
20分一本勝負。顔面への打撃は掌底、ロープエスケープとダウンがそれぞれマイナス1ポイントで、5ロストポイントでTKOとなるU系ルールの“総合格闘技”であるこの試合。ラウンド制ではなく、だから当然インターバルもなし。要求される体力、スタミナは、ラウンド制の試合とは別種のものになるはずだ。試合後、インタビュースペースでの金原の第一声は「疲れました。20分って長いですね」だった。一方の近藤は「さすが金原さん、スタミナ切れないですね。やめることないのに」と笑った。どちらも、まずスタミナについて語ったのだ。
グラウンドでの打撃は反則だから、攻め手はMMAに比べると限定されることになる。テイクダウンとポジショニングで圧倒した近藤だったが、そこからパウンドが打てないために苦労していたように見えた。
ただ、打撃がないからこその攻防もあった。近藤が何度も見せたハーフからのアンクルホールド。本人によれば「やれるのがあれくらいしかないんですよ(笑)」とのことだったが、パウンドありなら殴るのが優先で、まず仕掛けることはないはずだ。打撃がないしエスケープもできるから、下になっても危険度はMMAより小さい。だから思い切ってサブミッションにトライできるということもあるだろう。
エスケープといえば、金原のエスケープのタイミングも興味深かった。関節を完璧に取られてから、つまり“やばい”状態になってからロープに手を伸ばすのではなく、“やばそう”な段階でエスケープする。結果、残りポイント差での負け(5-1)となったのだが、これは“U系総合格闘技”ならではのものだろう。関節技が極まってからエスケープしたのでは、ダメージが確実に残る。パンクラス時代の美濃輪育久(ミノワマン)は、エスケープしたはいいがアンクルホールドを何度も極められて、足首グラグラになりながら闘ったことがあるそうだ。
金原vs近藤戦は、現在のMMAとは違う闘いだった。でも、現在のMMAを経験している選手同士の対戦だから旧パンクラスルールでの闘い方とも一味違った。ただの懐古ではなく、といっていまだけを見ているのでもない、『U-SPIRITS』にしかない闘い。
試合後の金原は、こんなことも言っている。
「このルールはこのルールでおもしろいですね。UWFの選手は、ドキドキしながら実験をしてたんですよ。それが今回のメッセージです」
プロレスから総合格闘技へ移行させるための実験。UWFの存在意義の一つはそれだった。総合格闘技が確立されていないからこそ、実験が必要だった。
でもどうだろう。総合格闘技が確立したいまだって“実験”はあっていいし、おもしろいんじゃないか。今回のメインを見たら、そういうふうにも思ったのである。MMAとは違う体力。グローブをつけてのパンチとは違う打撃。打撃なし、エスケープありならではのグラウンドの攻防。立ち技格闘技にヒジあり/なしがあるように、総合格闘技にも“基準が違う闘い”があったっていい。
いやもちろん、現在進行形で“世界最強”を狙うならMMAだ。でも、べつのところにべつの基準の闘いがあったっていい。やる人は限られるかもしれないし、このルールでやれば間違いなくおもしろい試合になるってわけじゃない。けれど、そこで活かされる類の“強さ”だってあるだろう。プロレスから生まれた“実験”から、MMAとは違う基準を求める“実験”へ。少なくとも僕は、この“実験”がまた見たい。
(橋本宗洋)
■『Dropkick vol.8』3月18日発売予定