MMAの世界には、決まり文句というものがある。試合前にインタビューを受けた選手がよく口にするあれだ。「これまでにない仕上がり」「判定には持ち込まない。必ずフィニッシュしてやる」「こちらのペースを押しつけて圧倒してやる」……。

「何を言えばいいかわからないときには、だいたいそのような決まり文句に頼ることになる」と明かすのは、ストライクフォースの女子選手ジュディ・ケンジーだ。どんな練習をしてきたか、どんなプランで試合をするのかと、あちらこちらで繰り返し聞かれていると、どんなに注意をしていても、作戦や本音を漏らしてしまいかねない。だから選手は、安全のために嘘をつく。

だから、試合前の選手のコメントに注目してみればいい。だれもが、「これまでにないくらい、最高の合宿で練習を積んできた」と話すはずだ。ジョセフ・ベナビデスが説明する。「そりゃときには、本当のことを言っている人もいるのかもしれない。過去最高の合宿にしようとは思って、毎回必死でやっているのは確かだからね。だからといって、毎回毎回、ドンドン最高になっていくとは思わない。ものごとというのは、そういう風にはならないだろ」

実態は、誰もがひどい合宿を1回か2回経験し、パッとしない合宿も何度か経験しているはずなのだが、選手はそういう面については口を割ろうとしない。

リッチ・フランクリンはかつて、腕を骨折しながらチャック・リデルをKOしたが、実はあの試合の前の合宿が、とにかく最低だったのだという。「問題が次から次へと起こってね」とフランクリンは振り返る。

ヒジの靭帯断裂、体調不良。肉離れのため走り込みもできない。ちゃんとこなせたことなど1つとしてなかった。それでも試合前インタビューでは、素晴らしい合宿だった、これまでにないほど好調だと話しておいた。もちろん真実ではない。しかし、人が聞きたがるのはそういうことなのであって、怪我の話ではない。そういう話をあえて持ち出せば、言い訳だとの批判が巻き起こる。格闘技ファンはとにかく、言い訳っぽいことには容赦がないのだ。そして、どんな風にトレーニングを変えるべきか、頼みもしないアドバイスが殺到する。フランクリンによれば、ほとんどの場合、どんなにスマートにトレーニングをしていたとしても、怪我はちょっとしたことで起きてしまうのだという。