今週のお題…………「なぜ○○○○は成功したのか?」(○○○○の部分は執筆者にお任せしてます)
文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当
写真:WWE現エースのジョン・シナ
アメリカン・プロレス(通称アメプロ)の本質は専門誌紙の編集方針もあって、多くのプロレスファンには長らく誤解され、ファンの好き嫌いが極端に分かれるという傾向にあった。日米のマット界を比較して、わが国が何をすべきかを検証してみたい。
先日、WWE2015年の年商が$658,776,800、1ドル115円計算だと約758億円と発表された。為替が動いている時期なのでドルベースで昨年度$542,620,000計上も、$30,072,000の損失も公表していた企業としては、増収増益の決算報告である。中邑真輔の栄転に絡んで新日本プロレスに配慮してなんらかの提携なりを発表する仁義すら必要なく、引き抜きは今後も続くということ。看板番組RAWの視聴率不振問題はあるにせよ、WWEネットワークは122万人を数え、NETFLIX、Amazonプライム、Hulu、MLB.TVに次ぐ世界第5位の加入者数を誇るインターネット動画配信サービスとなった事実は不滅だ。また、視聴率よりも放送権料の増大が売り上げに寄与しており、世界の様々な国に各種番組がますます広がっている総括も出来る。わが国は、まだまだ興行収益頼りの古いビジネスだから、いくら新日本プロレスがどん底期から脱したといえども、WWEとは比較にならない企業格差があることは強く認識して欲しい。
では、なぜWWEはそこまで大きな成功を遂げたのか? 80年代初期には日本こそが世界のプロレスの中心であり、NWA世界王者もAWA世界王者も、WWF世界王者をも呼べた日本なのだし、実際のところ、フリーの大物ブルーザー・ブロディ―なんかにせよ、世界で一番稼げたマーケットは黄金のジパングだった事実がある。それなのに、90年代になると日米逆転劇が起きてしまう。
まさに20世紀の生誕とともに産声をあげたプロレス芸術がビジネスとして完成をみた十年区切りとも言えよう。どこかいかがわしい「アンダーワールド」のイメージがつきまとっていたプロレス興行であったが、WWF(当時)がウォール街から総資産でビリオン・ダラー企業(当時の120円換算で1200億円)だと正式に認定された1999年10月19日ナスダック株式公開(現在はNY証券取引所)の意義は何度強調しても足りない。プロレス団体がエンタテインメント産業として、事実上の市民権を得たことの証左となった。以降は経済紙誌が、たとえばディズニー社との企業比較で現WWEの調査リポートを出すようになる。アントニオ猪木の個人商店でしかなかった新日本プロレスとは、企業価値が数十倍どころか月とすっぽんの格差になり、隔りはさらに膨張を続けている。
プロレス八百長論に対して、UFCなど真剣勝負のプロ興行の出現に開き直り、オキテ破りのエンタテインメント宣言をしたことがその成功の糸口であったのは興味深いところだ。やはり、夢を売るハリウッド王国のアメリカなのである。この方向転換に関しては、裁判公判で公式に「起承転結シナリオがあり、ケツと時間が事前に決まっているスポーツ・エンタテインメントだ」と証言したこともあるが、それだけではない。この巌流島ブロマガのアーカイブを読み直して欲しいが、WWFは自前のTV番組制作班を抱えるだけでなく、公式マガジンの編集・発行も手掛けて既存のマガジン・スタンド売り専門誌の排除を始めたのが80年代後半のこと。しかし、それが一方で写真に頼らないタイプ打ちだけの情報紙を、米国特有のニューズレターとして毎週購読者のポストに直接届ける配布形態のアングラ媒体が、ケーフェイに踏み込んでの「お仕事評価」を大人のファン向きにやりだして、少なくとも意識的なファンや関係者は購読するという、別の種類の媒体を生む副産物があった。
当初これら第三の媒体に対して、団体側は無視を決め込んでいた。そりゃそうだ、「次のPPV大会で●●が勝つ予定」と全部書いてあるものが出回って面白いハズがない。しかし、「読んでいるのは一部の尖がった連中だけ」という判断もあり、当初は相手にしなかったのだが、やはりジャーナリズムが機能している業界は底辺だって広がるのであって、インテリ層の建設的な意見が採用するようになった経緯がある。上場企業になる前にビジネス数字などをリークして、厳しい経営分析までを論客たちにさせることで、団体にも価値があると媒体なのだと態度を変えたことこそ、真のアメプロ天下時代の幕開け序幕だったと確信している。
95年9月4日、WWFのRAW中継と同じ月曜日、しかも同じ時間帯に、1WCWが『マンデー・ナイトロ』ぶつけてきた。いわゆる「月曜生TV戦争」の開戦だ。
記念すべき第一試合は獣神サンダー・ライガー対ブライアン・ピルマン戦。前夜WWFの大会で試合をしていたレックス・ルガーが会場に姿を現す。ほとんどの関係者すら事前に知らされていなかったので、そのインパクトは絶大だった。日本ではすでにこの時期、プロレスが生中継されることがなくなっていた。 アメリカではプロレスの繁栄に伴って、報道する側の競争が激化していく。「ダイアルQ2有料情報からインターネットまで、英語で伝えられる日本情報の方が日本の専門誌よりも詳しく、真実が書かれている」―――この事実は日米格差をさらに広げていくことになっていく。
アメプロ繁栄の一方で、日本マットは勢いを失っていく。かつての新日本プロレスといえば、新間寿営業本部長が一声かければマクマホン・シニアを筆頭に世界のプロモーターたちを新宿京王プラザホテルに集結させていたほどの政治力をもっていたが、90年代に入ると徐々に対外的な力が弱まっていく。いつしかWWFからは相手にされず、さらにはライバル団体WCWに高い授業料を支払って、永田裕志や中西学(リングネーム=クロサワ)を留学させる側に転落していた。
メディア側の対応はどうだったか?
もともと趣味の世界なのだから、ファンタジーとして楽しんで悪かろうハズがない。ジャーナリズムとしてのプロレス報道は日本では求められておらず、試合台本を先読みして楽しむなどという発想は、当時は二冊の拙著か、北米市場での関係者向け業界紙(トレード・ジャーナル)だけに限られていた。専門誌がアメプロの急速な大躍進の課程や分析を伝えることなどなかったのである。
80年代は、日本が世界のプロレス産業の中心にあったことに異論を挟む者はいないだろう。しかし、90年代は立場が見事に逆転する。こんな世紀末の光景を予想できた関係者は果たして何人いただろうか。格闘技としての競技性をアピールすることでプロレス八百長論を切り崩そうとした日本だが、市民権をいち早く獲得したのは情報公開(デスクロージャー)を徹底させた北米市場の方だった。
日・米のプロレス八百長論に対してのアプローチ方法の差異は特筆されていいだろう。UWFという進化ムーブメントが行った表現法は、プロレスに格闘技の競技色を加え、異種格闘技戦の最後の一線を越えるという功績をもたらしたものの、逆に単純で不毛なヤオガチ論争をマニアに提供する流れを生み出すという弊害もあった。
ファンはバカばかりではない。団体の作り出すアングルの先を読んで、マネーを生むカードを提案していくマニアも存在するのだ。しかしながら日本の団体の戦略は目先の観客動員ばかりが優先され、結果的に数年単位でファンが卒業していってしまう近視眼的なものだった。これでは永久に市民権は見えてこない。
プロレスはあらゆる意味で社会を映す鏡と言われている。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされた80年代と、不良債権処理が遅々として進まなかった90年代の日・米のビジネスでの逆転現象は、そっくりそのままプロレス業界とリンクしている事実も忘れてはならないだろう。97年に入ってから日本政府が財政再建路線に転換すると、山一證券、北拓、長銀、日債銀などが次々に破綻して不況は深刻化する。
96年と97年のマット界は絶頂と変革の2年間である。世界中の団体が、それぞれの個性を主張し、あるものは変化を、あるものは進化を遂げ、百花繚乱といってもよい時期だった。このあたりの世界事情は、二作目になった拙著『開戦! プロレス・シュート宣言』(読売新聞社)に詳しいので参照していただきたい。
一週間、地方によってはそれ以上も前の試合を深夜・早朝枠に放映していることも日本のマット界をダメにした要因だ。ハプニング満載の「月曜生TV戦争」ライブ中継に"八百長"はない。アメプロは分厚い台本が準備されているが、かといってレスラーが覚えた台詞をそのまましゃべるだけではない。それどころかアドリブで、会社・上司批判をする輩すら現れた。だからこそファンにとっては刺激的だし、次回を心待ちにしようというものだ。
プロレスというスポーツ芸術は事前に勝敗は決まっているが、演劇ではない。北米の「月曜生TV戦争」と、インターネットやスポーツ紙・専門誌で結果のみならずマイクアピールの内容まで知らされた後に観る日本の深夜放送では、興奮の度合いが違って当然だ。また編集方法においても、「MTVスタイル」と呼ばれる秒単位でカット割りするモダンな手法に対して、日本のそれは馬場・猪木時代からほとんど進歩してない印象がある。プロレス番組の予算がどんどん削られるだけでなく、優秀な人材が投入されていないのだろう。
のちに「暗黒の10年」と語られるわが国のプロレス界の転落を象徴したのが96年に週刊プロレスが新日系団体の連合軍から取材拒否された事件だ。すべての終焉を暗示していた。プロレスは業界の既得権構造ゆえに自滅したのである。この間隙を縫って設立間もないK-1が早くもゴールデンタイムに進出した。プロレスに変わって「格闘技」が一般の注目を集めてゆく。
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