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mothy_悪ノP 書き下ろし『拷問塔は眠らない』番外編-第1話-
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mothy_悪ノP 書き下ろし『拷問塔は眠らない』番外編-第1話-

2013-12-11 18:00
  • 1
「ハンク卿」と「ロマリウス」、「妖魔」と「終末文書」――
前回、前々回更新でアップしたmothy_悪ノPインタビュー【前編】【後編】では
『拷問塔』の世界を紐解くキーワードが多数登場しました。

キーワードにもっとも深く繋がる、
のちに拷問卿と呼ばれる三姉妹の父・ハンク卿が「英雄ハンク卿」だった頃の物語を、
mothy_悪ノP書き下ろし短編として
当ブロマガにて3週にわたり連載いたします。

悪ノPによる、もうひとつの「悪」の物語を、
どうぞご堪能ください。

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 焼けるように暑い日だ。

 歩き続ける軍隊の横を、呑気に牛車が低い鳴き声を上げながら通り過ぎていく。荷台には何も乗っておらず、御者の姿もない。おそらくは持ち主が離れている隙に逃げ出したのだろう。
 乗り手のいない牛車を咎めてもしょうがない。兵士達はみな、半笑いを浮かべながら自分達と反対方向に向かっていくその牛を黙って見送った。それはラッパ手のマルコもまた、同様だった。
 彼はこの日、王都から西方へ向かって進み続ける軍隊の中にいた。
 この軍は国の西にあるホラガ洞穴に潜むとされる大規模な犯罪組織を討伐するために特別に編成されたものであり、そのせいもあってか軍勢の中には王都の正規兵でないものも幾人か混ざっているようであった。
 実際の所、若輩者のマルコには正規兵とそうではない者の違いがよくわからなかったのだが、既に幾多の戦争に従事したことのある経験豊富な先輩の女性ラッパ手・エリスは王都を出てすぐにその事に気がついたようだ。
「今回の遠征、傭兵が混じっているようね」
 そうマルコに呟いたエリスは自らの短い髪に指を当て、くしゃくしゃとかきむしる。これが彼女の機嫌があまりよろしくない時の合図であることを、マルコはよく知っていた。
 規則正しく行動をとる正規兵と違い、傭兵たちの中にはラッパ手の号音を無視して勝手な事をする者が少なくない事を彼女はよく知っていたのだろう。
 この軍の前線はマルコには荷が重かろう――そう判断したエリスは自分を前線の担当にするよう、司令官に申し出た。願いは聞き届けられ、彼女が本来受け持っていた司令部付きのラッパ手の任は、代わりにマルコが受け持つことになった。
「よろしくお願いいたします」
 マルコはずいぶんと緊張しながらも、司令官であるハンク・フィエロン卿になんとか挨拶をした。ハンク卿のこれまでの武功を知らぬ兵士などいるはずもない。彼は紛れもなくこの国にとっての英雄、そして他国にとっての死神であった。
「若いな。まあよろしく頼むぞ」
 ハンク卿は無表情のままそう答えると、すぐにその場を離れて副司令官の元へ向かっていった。その時はそれだけで会話が終わった。

 王都からホラガ洞穴までは距離があり、行軍は数日にわたった。途中で新たな部隊の合流などもあり、軍隊は少しずつ大規模なものへと変わっていった。相手はあくまでただの犯罪組織であるはずなのに、それにしてはずいぶんな大軍ではないかとマルコは思いもしたが、それ以上に相変わらずの強い日差しがもたらす暑さの方にうんざりしていた。
「ここらで一旦、軍を休めることにするか。マルコ、頼むぞ」
 ハンク卿の命令に従い、マルコは愛用のビューグルを吹いて休憩の合図を前線に送る。喉は乾いていたが、とりあえずなんとか音を出すことができた。
 ほどなくして前方から同じようなビューグルの音色が返ってきた後、兵士達はそれぞれ、行軍の足を止めて休みはじめた。
 ハンク卿は用意された椅子に腰を下ろすと、手持ちの水筒の蓋を開けて水を一口だけ飲み、すぐにその水筒を近くにいたマルコに向けて突き出してきた。
「お前も飲むがいい。喉が渇いているのだろう? 先ほどの音、ずいぶんとかすれていたぞ」
 ハンク卿は別に怒っているわけではない。むしろ軽く笑みすら浮かべていた。マルコとしてはうまくごまかして吹けたつもりだったが、英雄の耳はごまかせなかったようだ。
 ここ数日の行軍の中で、マルコはハンク卿が英雄らしからぬ気さくな人物であることを知った。彼には貴族特有の気取った雰囲気があまりない。よく冗談を言っては周りの兵達を笑わせ、場を和ませていた。それは身分の低い下級兵にも同様であり、特にマルコはどうにもハンク卿に気に入られたようで、このような休憩の時にはたびたび話しかけられもしたのだ。
「明日にはホラガ洞穴までたどり着く。そうなればこんな風にのんびりする機会はもうないだろう。今のうちに身体と喉を休めておけよ、マルコ」
「はい。 ……しかしながらこれほどの軍勢。洞穴に潜む『ペールノエル』という組織はそれほどまでに強大なのですか?」
 今回の討伐対象である犯罪組織・ペールノエルについて、マルコは出発前に簡単な説明を受けただけだった。
 ペールノエルの悪行というのは主に人さらい、なのだそうだ。首領のベリトードは金で部下を雇い、そいつらを使ってこの国の各地で誘拐事件を引き起こしている。その規模は時を経るうちに次第に大きくなっていき、王国としても見過ごしてはいられない状態になっていた所に、ハンク卿がペールノエルの討伐を国王・ヘリオス六世に進言。国王はこれを了承し、ハンク卿を司令官としたペールノエル討伐軍を編成するに至った――ということだった。
 いかに大規模とはいえ相手は所詮、ただのならず者集団に過ぎない。これほどまでの大軍勢が動く必要も、ましてや国一番の軍功を持つハンク卿がわざわざ自ら討伐軍を率いる必要もないようにマルコには思えた。
「まあ、この軍勢ならばまず負けることはないな。ペールノエルを壊滅させるのには一日とかからぬだろう。 ……どうやらお前は気になっているようだな。どうして犯罪組織ごときにこれほどの軍を? と」
「はい。しかも傭兵まで雇って、です」
 マルコは正直に自らの疑問を口にする。
「ほう? この軍に正規兵ではない者がいることに気がついたか。中々に目ざといな」
 実際にはエリスの受け売りに過ぎなかったが、英雄に褒められたことがつい嬉しくなってしまい、マルコはあえてその事は黙っている事にした。
「だがなマルコ。傭兵というのは少し違うな。彼らは民兵なのだよ」
「民兵?」
「ペールノエルにさらわれた人間の家族や友人……そういった者達が愛する者を取り戻すために有志として参加しているのだ。この討伐軍が大軍だというのならばそれはつまり、ペールノエルがそれだけこの国の人間の怒りを買っている、ということだ」
「なるほど、そういう事でしたか」
「例えば……ロマリウス。彼なんかもそうだ」
 ハンク卿は少し離れたところで部下に何か指示を出している副司令官を指さした。
「あいつにはセルマ・アトウッドという恋人がいてな――フフ、実際に『恋人』という言い方が正しいかはわからないが」
「と、いいますと?」
「俺にはロマリウスの方が一方的にセルマを思っているようにしか見えなくてな……まあ、それはいい。とにかくそのセルマもペールノエルの被害者なのだ。半年前に行方不明になり、未だに発見されていない。殺されていなければ、あの洞穴に幽閉されているはずだ」
「では、そのセルマという人を救い出すために、ロマリウス卿はこの戦いに参加していると?」
「他にも理由はあるみたいだがな。ロマリウスとペールノエルの首領には、どうにも浅からぬ因縁があるようだ。いわば『宿敵』というやつだな
「はあ……」
 マルコとしては正直な所、ロマリウスという男が少々苦手だ。特に何かをされたわけでもないのだが、大柄な体に似合わず肌は不健康に白く、蛇のような眼光を持つあの副司令官の姿が、どうにも恐ろしく見えてならなかったのだ。
 しかしながらハンク卿の話を聞いて、少しだけ見方が変わった。恋人を助けるために宿敵に戦いを挑む……何とも英雄的ではないか。身体の弱さゆえにラッパ手にしかなれなかったマルコにとって、こういった話は何とも魅力的で、憧れの対象だった。
「そろそろ出発するとしようか。合図を出してくれ」
 ハンク卿の命令に従いビューグルを吹く前に、マルコは渡された水を一気に口の中に流し込んだ。
 しかし、やはり喉の渇きは癒えなかった。

 これほどの大軍ともなれば、相手に気づかれることなく奇襲をかけるのは難しい。案の定、ホラガ洞穴に辿りつくや否や、ハンク軍は既に戦闘準備を済ませた敵の軍勢と対峙することになった。
 マルコのビューグルの音を皮切りに、ハンク軍の前線は一斉にペールノエル軍のいる洞穴へとなだれ込んでいく。
 のちに『ケイヴ・ホラガの討伐戦』と呼ばれるこの戦いにおいて、マルコは普通の戦争とは違う、明らかに異質な光景を目の当たりにすることになった。
 初めの内はハンク軍が優勢だった。まあこれは当然と言えば当然の事である。民兵も混じっているとはいえ数の上ではこちらが圧倒的に優位、その上ハンク軍の中枢を担うのは訓練を受けた勇猛なる正規兵、そして英雄・ハンク卿なのだ。ならず者の集団などに遅れをとるはずもなかった。
 唯一の難点は入り組んだ洞穴が結果的に天然の要塞のような役目を果たしており、ここに攻め込むには大軍をいくつかの部隊に細分化させねばならなかった事である。
 これによってハンク軍は一気に洞穴を攻め落とすことができないでいた。無鉄砲に突撃すれば相手の待ち伏せや罠にかかる危険があるからだ。
 ハンク軍は洞穴正面の位置に本陣を敷き、ハンク卿にロマリウス、そしてマルコもそこにいた。少し離れた場所には高台が置かれ、そこにはエリスが立っている。何かがあった時にはハンク卿の指示をマルコがビューグルを使ってエリスに送り、さらにその高台の彼女が前線に向けて音を鳴らすのだ。
 とりあえずしばらくの間は、ラッパ手達の出番は無さそうだった。そもそも、洞穴の奥まで入り込んだ部隊にビューグルの音がちゃんと届くのだろうか。そんな不安がマルコの脳裏をよぎった。
 マルコは何気なくエリスのいる高台の方を見た。エリスはビューグルを片手に持ち、背筋を正してそこに直立していたが、やはり多少退屈なのだろう。時たま頭に手をやって、髪をかきむしっていたりした。
 マルコから見てエリスは背を向ける形で立っていたが、そんな彼女がふいにこちらの方に振り向いた。
 もしかしたらマルコの視線に気がついたからかもしれないが、彼女の表情は照りつける太陽による逆光のせいで、マルコからはよくわからない。
 マルコはより目を凝らしてエリスの方を見る。やはり表情はわからなかったが、なんだか彼女の周りに、いくつかの黒いものが点在しているのが見えた。
 それが実際に黒いのかどうかは定かでない。やはり逆光のせいでそう見えただけかもしれない。
(あの黒いのは――鳥の羽根?)
 そう気がついた、次の瞬間だった。


―――第2話へ続く

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ペールノエルとは、そして空を舞う「黒い鳥の羽根」とは――?

第2話は12月18日にアップ予定です。
ご期待ください。
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待っていましたー♪
いろいろ、深いですね。
71ヶ月前
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