「イノベーション目指した各国競争」
欧米や中国では、官民を挙げて、困難だが実現すれば大きなインパクトが見込まれる挑戦的な研究開発への投資を加速している。AI、ロボット、ブロックチェーン、ゲノム編集、量子コンピュータなど、科学技術における急激な進展は、私たちの日々の生活に変化をもたらすのみならず、国の競争力そのものに直結する重要課題である。このため世界各国は、disruptive、すなわち破壊的なイノベーションを主導すべく、より野心的な構想や解決困難な社会課題を掲げて挑戦的な研究開発を重点推進している。
例えば米国では、国防高等研究計画局(DARPA:1985年~)が創設されて以来、インテリジェンス高等計画局(IARPA:1998年~)、エネルギー高等研究計画局(ARPA-E:2009年~)などDARPA型の挑戦的な研究開発を積極的に進めている。最近では、国立科学財団(NSF)が基礎研究分野における未来志向型の挑戦的な研究開発を強化するため、2019年度予算に3億ドル(約300億円相当)の予算を追加計上した。
EUでも、ハイリスク研究等への投資拡大を図るため、現行中期計画(Horizon 2020)に上乗せして2018年からの3年間で2.7Bユーロ(3,500億円相当)もの追加投資を決定している。さらに、2021年度からの次期中期計画Horizon Europe(7年間)では、オープンイノベーション、グローバルチャレンジ等を旗印に現行計画の1.3倍(1,000億ユーロ)もの研究開発投資を表明している。中国では、イノベーション政策「中国製造2025」等を打ち出し、AI産業の育成を加速化するとともに、基礎研究への投資を拡大している。中国の通信衛星「墨子号」により中国と欧州との間で量子暗号技術を実証したことや、無人探査機「嫦娥4号」が月の裏側への着陸に成功したことも記憶に新しい。
「ムーンショット」を知っている?
Disruptiveなイノベーションを起こすには、これまでの常識を覆すような大胆な構想力と、その実現に向けて挑戦し続けることができる研究開発の仕組みづくりが必要である。米国のアポロ計画は「人類を月面に送り込み、安全に帰還させる。」という目標をまず掲げ、この極めて野心的だが、明確な目標に対して資源を集中投下することで、米国の宇宙開発を大きく進展させた。
約半世紀前のプロジェクトであるが、日本もこれに学ぶところは大きい。このように国が壮大な目標・構想を設定し、その実現に向けてバックキャスト型の研究開発を推進し、世界中から科学者の英知を結集する仕組みを作るべきであろう。これを米国、欧州等では「ムーンショット」型の研究開発と言う。多少馴染みがない言葉かもしれないが、グローバルではすでに一般的な言葉になっている。私が1月に米国シリコンバレーにて、X(Googleの研究所)、SRI(スタンフォード研究所)を訪問した際、ムーンショットについて意見交換したが、互いに違和感なく議論できた。
このような背景から、昨年12月、私は新たに「ムーンショット型研究開発制度」を創設することを決定、発表した。我が国発のdisruptiveなイノベーション創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発をスタートさせる。厳しい財政事情であるが、平成30年度第2次補正予算及び平成31年度当初予算において総額1,020億円を措置させていただいた。
昨年の臨時国会で、議員立法により措置していただいた「科学技術・イノベーション活性化法」(改正研究開発力強化法)に基づく基金制度のメリットを活かし、研究者に使い勝手の良い資金を交付することによって、若手研究者の挑戦意欲と斬新な研究アイデア、基礎研究力のポテンシャルを最大限に引き出しながら、世界に誇れる独創的な研究成果の発掘に繋げていきたい。
また、民間資金を呼び込み、それら研究成果を実用化・創業に導く仕組みづくりについても考えていく。具体的には、ムーンショット型研究開発制度では、政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が野心的な目標(ムーンショット目標)を掲げる。そして、科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がその実現に向けた様々な研究アイデアを国内外から募集し、挑戦的な研究開発プログラムを作り込むという形で、完全なバックキャストの発想の機能的な分担体制をとる。また、世界中の研究者の英知を結集させるため、最先端研究をリードするトップ研究者等をプログラム・マネージャー(PM)に抜擢し、研究チームの編成やプログラムの進捗管理は、基本的に当該PMの目利き力に委ねる。
さらに、1つのムーンショット目標の下に、アプローチの異なる複数の研究プログラム(複数PM)を採用することによって、より革新的な研究成果の創出を目指し、PMが互いにマネージメントを競い合い、プログラムの内容や体制も機動的に見直すことが可能な、いわゆるアジャイル型の研究マネージメントで目標達成を目指す。こうした高度なマネージメントやポートフォリオ管理によって、失敗も許容しながら革新的な研究成果の発掘・育成に取り組むことにしたい。そして、国が掲げるムーンショット目標については、先日(3月29日)、有識者会議(ビジョナリー会議)を立ち上げ、具体的な検討を開始している。
私は、この目標設定が最も重要であり、制度全体の成否を分けるとも考えている。やってはいけない目標設定の検討としては、
例えば、
・研究者自身の研究、技術の「延長線」で、実現できる社会の実装目標を設定すること
・ある程度「成功の見込みが立てられること」を前提に、実装研究の達成目標を設定すること
・社会課題からバックキャスト的に「研究課題」を目標として設定すること
などが挙げられるだろう。これではこれまでの研究開発と何ら変わりない。
先にアポロ計画の例を挙げたとおり「人類を月面に送り込み、安全に帰還させる」のような、国民の皆さんを魅了できる、ワクワクする、はっきりとしたターゲット設定が重要であろう。
このため、ビジョナリー会議には、目指すべき未来像を具体化するため、未来の産業・社会の姿やグローバルな動向、そして新たな価値創造を担う次世代の感性を備えた以下の7名の有識者にお願いした。
江田 麻季子 世界経済フォーラム 日本代表
落合 陽一 メディアアーティスト
尾崎マリサ優美 アーティスト
(スプツニ子!) 東京大学 特任准教授
北野 宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長、所長
小林 喜光 経済同友会 代表幹事・三菱ケミカルホールディングス取締役会長
西口 尚宏 一般社団法人Japan Innovation Network 専務理事
藤井 太洋 SF作家
役所側が何か型にはめるように議論を誘導するのではなく、よりグローバルな視点から未来社会のあり方を語り、その実現に向けて日本が先手を打つべき分野がどこで、どのようなムーンショットを打ち出すべきか、ビジョナリー間の自由闊達な議論を促し、夏ごろには一定の結論を得たいと考えている。
併せて、皆さまからも広くご意見やアイデアを募集しているので、アクセスしてもらえると有り難い。皆さんをワクワクさせることができるような研究開発がdisruptiveなイノベーションを起こす。今の日本に必要な研究開発ではないだろうか。