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「在日外国人タブー・AKBと三国志・少年法・覚せい剤売買」ニコ生ナックルズマガジンvol.10
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「在日外国人タブー・AKBと三国志・少年法・覚せい剤売買」ニコ生ナックルズマガジンvol.10

2013-03-29 01:00


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        久田将義責任編集 ニコ生ナックルズマガジン
                                  vol.010
      □日本で一番危険なWEBマガジン。ニッポンの闇をさらけ出せ!□

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    日本で一番危ないWEBマガジンが創刊!『実話ナックルズ』『ダークサイドJAPAN』元編集長の久田将義が、インターネットを通して新たな「アウトローメ ディア」を始めました。その名も「久田将義責任編集 ニコ生ナックルズマガジン」。久田氏をはじめ、様々なアウトロー著者陣営がどの既存メディアでも露出できない記事をお届けします。

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    《目次》
    01.[藤木TDC]「東京市街戦」をめぐる虚実と在日外国人タブー
    02.
    AKBグループの地殻変動
    03.[青木理]少年法とは「実名報道と顔写真掲載」
    04.大阪・あいりん地区などの覚せい剤売買の実態と芸能界とクスリ



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    藤木TDC 寄稿記事 
    「東京市街戦」をめぐる虚実と在日外国人タブー

    ここに、いまだDVD化されていない映画のVHSソフトがある。
    1987年に日活ビデオフィルムズより発売された、渡哲也主演の「東京市街戦」というビデオだ。

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    映画自体は67年秋に日活系で公開されている。監督は西村昭五郎、ロマンポルノ第1作「団地妻 昼下りの情事」の監督として、さらにロマンポルノ83本を監督したレコードホルダーとして有名だが、「東京市街戦」は日活が成人映画路線へ転向する以前の作品であり、内容は一般向けのアクション映画だ。当時の映画興行は2本立てが一般的で、本作も小林旭・高橋英樹主演の仁侠映画「血斗」(監督・舛田利雄)と併映の男性向け番組だった。

     渡哲也主演作であり、彼の作品でも人気のある現代やくざ映画「無頼」シリーズの戦後版という趣もある秀作だが、なぜDVD化されないか、映画を見ていると「これか」と思い当たる要素がある。

     「東京市街戦」は冒頭にこんなテロップが流れる。


    「終戦直後の混乱期、日本人はと三国人は全国各地の盛り場で衝突し、流血の惨事を引き起こした。この物語はその事実を基にしたフィクションであり、登場人物もすべて架空である」

     物語を大雑把にまとめると、戦勝国のアジア系外国人が横暴をくり返す戦後の盛り場、駅前闇市にフラリとやってきた復員兵の渡哲也が、日本人のテキヤによるマーケット、すなわち露店・屋台ではない常設の商店街建設を助け、無法な外国人と壮絶な戦いをするというものだ。東映の「仁義なき戦い」第1作の冒頭部分を拡大した雰囲気といえば分かりやすいかもしれない。終盤の抗争シーンはダイナマイトや機関銃を使った壮絶な演出で、サラエボやダマスカスのような「市街戦」の雰囲気を描きだしている。

     もちろんそれだけではDVDにできない理由にはなり得ない。本作のDVD化、そしてCSチャンネルでの放送などを阻んでいる理由と思われるのは、作中で連呼される差別的な呼称と演出である。

     すでにテロップにも記述されているからお気づきの方も多かろうが、戦後の闇市で無法をくり返したアジア系外国人たちを本作では一括して「三国人」と呼んでいる。朝鮮(当時はまだ大韓民国は成立していない)、中国、台湾のどこでもなく、あくまで「三国人」と呼んで、特定の国名がまったく出てこない。劇中、戦勝国民たちの名前が呼ばれることもほとんどないので、名字から民族を特定することも難しい。資料を見ると、「李」や「揚」や「崔」などの役名が入り交じり、中国系とも朝鮮系ともとれるようになっている。

     推察するに、この映画が公開された60代後半には国名の特定のほうが難しく、むしろ「三国人」の呼称で曖昧にすることが都合が良かったのだろう。当時の日活は経営状況が沈下しつつあり、労働組合の突上げが激しかったことから、劇中で中国・朝鮮など社会主義体制の国名を当てにくかったのでは、とも想像できる。つまりこの時代においては、映画に「三国人」の用語を使用するのが妥当と判断されたのだ。現在では認識はまったく逆転し、同じ言葉が差別的とされ使いづらくなっている。このように時代によって言葉や用語の選択妥当性の評価は大きく変化するものなのだ。

     
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