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この連載を書くまで、ぼくはフランクリン・ルーズベルトのことをほとんど知らなかった。しかし調べてみると、この人物が現代日本にどれほど巨大な影響を与えたかということがよく分かった。

第二次世界大戦は、ほとんどこの人物の想定通りに推移した。戦後の日本もそうである。つまりルーズベルトの思い描いたビジョン、イメージした未来というものが、戦後日本さらには今の日本を形作った。そのためルーズベルトへの理解がなければ、現代日本、あるいは我々日本人の理解もままならないのである。

ところが、そんな最重要人物のことを日本の教育機関は全く教えない。これは明らかな逆プロパガンダだ。日本人の自分理解を大きく妨げる一因になっているといえよう。
このルーズベルトを始め、日本の学校では近現代史を全く教えない。知りたいなら自分で調べるしかない。そのことが、今の日本国民の特殊性を形作っているといえるだろう。

日本人ほど、自
1977年4月、徳島県川島町(現吉野川市)から、吉野川を逆流して池田高校に入学した男子生徒の名前は、橋川正人といった。通学するとなると家から片道二時間もかかるので、学校近くの「大和(やまと)寮」に入った。

大和寮は、学校近くにある大和病院の院長が蔦文也監督の大ファンで、自分が所有している住宅を無償で提供してくれてできたものだった。1975年に、前年に準優勝したさわやかイレブンの影響で入学者がどっと増え、遠方から通う子供も引き受けなければならなくなったとき、できたものだった。

つまり大和寮は、野球部のためだけの私設の施設だった。橋川もそこに入った。入ったものの、橋川は不満だった。自分はやはり徳商に行きたかったし、それ以上に蔦監督を、父とは違ってどうしても尊敬できなかったからだ。

橋川が蔦監督を尊敬できない理由ははっきりしていた。その態度に首尾一貫性がないのだ。入学前はニコニコとした顔で
良くも悪くもバブル崩壊以降の「失われた30年」におけるデフレ経済が、今の日本の価値基盤となった。「住む」ということについてもそうだ。今はすでにインフレに突入しているが、まだまだデフレマインドから抜け出せない人は多い。

そしてデフレ経済こそ「丁寧な暮らし」を育む上での温床となった。例えば、丁寧な暮らしをする人は、賃貸住宅に暮らしている確率が高い。それも都会のマンションやアパートなどの集合住宅に暮らしている。

なぜかというと、デフレ社会では都会のマンションやアパートなどの賃貸価格が下がって、若者でもリーズナブルな値段で住めたからだ。おかげで、そこに暮らす独身の若い女性が爆増した。そんな彼女たちを中心に、「丁寧な暮らし」が広まった。

話は少し逸れるが、デフレ社会のときには「賃貸か持ち家か」という論争があった。賃貸と持ち家、どちらも一長一短があるので、両者が論争すると盛り上がったのだ。

ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

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岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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