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1978年2月9日午後9時過ぎ、勤務先の工場から自宅まで国道192号線を徒歩で帰宅中だった橋川正人の父は、トラックにはねられ亡くなった。ほぼ即死だった。

翌早朝、橋川の母から大和寮に電話がかかってきた。そこで母は、父がトラックにはねられたことと、急ぐ必要はないから気をつけて帰ってくるよう伝えた。それで、言外にすでに父が死亡したことを橋川は知らされた。

それでも橋川は、学校を休んですぐに電車に飛び乗ると、一時間半をかけて帰宅した。しかしもちろん、帰宅して対面できたのはすでに亡くなった父の亡骸だった。父はまだ44歳の若さだった。

それから父の葬儀が執り行われた。葬儀には、野球部監督・蔦文也も来てくれた。文也も、橋川の父が自分を慕って息子を預けてくれたことは重々承知していた。その自分の言うならばファンが亡くなったことは、少なからずショックだったはずだ。

しかし訪れた文也は、そんな橋川の父
この連載は、今回で最終回とする。

この連載は、そもそも「住む」ということに無自覚な人が多い、という気づきから始まった。ぼく自身は、ずいぶん前から「住むとは何か?」を哲学的に考えてきたのに、ほとんどの人がそれを考えていない。

しかしアーリーアダプターのぼくが考えていることは、少し遅れて世の中の人々が考えるようになる。だから、これから多くの人が「どう住むか?」を考えるようになるだろう。それに先駆けて「どう住むか?」ということの概念を体系化できないかと思ったのだ。

そうしたところ、話は紆余曲折し、結局「現代人のありよう」について字数の大部分を割くこととなった。そしてそこでの結論は、「現代人は二極化している。それは都会族と田舎族である」――というものとなった。

都会族はパーカーを着ており、田舎族はフリースを着ている。いずれもユニクロのものを着ているケースが多く、その点で無印良品は危機に立た

[質問]
岩崎先生の思う「日章旗」と「旭日旗」の違いを教えていただければ幸いです。 

[回答]
実は、ぼくは「旗」にはほとんど興味がなく、そのため全く詳しくありません。ただ、日章旗は日本の旗で、旭日旗は海軍の旗のようですね。そして日章旗、旭日旗共に幕末のペリー来航以降に使われ始め、それが明治維新後もそのまま使われるようになったもののようです。

ところで、ぼくはなぜ旗に興味がないのでしょうか? それは幼い頃に、ナラティブや共同幻想を強く否定していたからです。

ぼく自身は生まれつきとても頭が良かったので、幼い頃からいわゆるナラティブをほとんど必要としませんでした。そのため、子供の頃はナラティブを必要とする人々の気持ちが全く分からず、バカらしいと思っていました。国や国家、通貨や法律、とにかく共同幻想は嫌いだったのです。

ただし大人になってさらに頭が良くなると、共同幻想の必要性や、ぼくと
ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

著者イメージ

岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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