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[質問]
ハックルさんは人と会わなくても大丈夫な方でしょうか? 私は人と会っていないと自分が社会から取り残されるのではないかと怯えてしまい、どうにも不安で人と会う予定ばかり入れてしまいます。しかし会ってみると気を遣って別れる頃にはぐったりしていて、寂しさに我慢できないという理由だけで人と会うなどと、自分はなんて愚かしいことをしているのかという後悔に襲われることもしばしばです。

そこで質問なのですが、どうすれば人と会わなくても孤独や寂しさを感じずに済むようになるでしょうか? 解決方法などありましたらご教授ください。


[回答]
そう言われてみると、ぼく自身は孤独で寂しがり屋なところがあります。特に離婚したときは寂しさに耐えられず、麻雀に溺れて大きな借金を作るなどひどい目に遭いました。しかしそれでも寂しさが癒やされないばかりか募る一方で、最終的には二度の自殺未遂に至りました。

そんなふう
ぼくは、足裏の感覚というものが実は鈍い。先天的に、方向感覚やそれを土台に構築される空間感覚が、それほど優れているわけではないということには、子供の頃から気づいていた。

それは、弟と育ったということが大きい。ぼくの弟は、足裏の感覚や方向感覚が優れていて、自動車に乗っていても、今自分がどこに向かっているのか、また地球上のどこにいるのか、見ないで分かるのである。意識しないでも、北が分かる。ぼくにはこの感覚が全くなかった。

ぼくにとって車は難敵だった。乗ってしまうと位置感覚や方向感覚が完全に失われ、降りてもそこがどこか分からない。目隠しでどこかに運ばれてきたような感じで、どれだけ外の景色を凝視していても、何度かカーブをくり返すともう位置や方角が分からなくなる。

だから弟が「もうすぐ目的の場所に着く」だとか、「ここは前にも来たことがある」ということを言っているのを見て驚愕した。なぜそんなことが
開戦前夜、1941年9月6日の御前会議。対英米開戦が決まった後、永野修身は統帥部を代表してこのように発言した。

「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である。しかして、最後の一兵まで戦うことによってのみ、死中に活路を見出うるであろう。戦ってよしんば勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我等の子孫は再三再起するであろう。そして、いったん戦争と決定せられた場合、我等軍人はただただ大命一下戦いに赴くのみである」

面白いことに、そして恐ろしいことに、この永野修身の予言はぴたりと的中することとなる。日本は戦争に負けた。それも、最終的には多くの若者が命を賭して敵に体当たりするという、文字通り「最後の一兵まで戦う」というような負け方だった。

その結果、戦後の日本はどうなったか? 鮮やかに復活した。まさに「
ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

著者イメージ

岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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