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ハックルベリーに会いに行く

ブロマガ

  • 野球道とは負けることと見つけたり:その69(1,791字)

    1978年夏の池田高校には、いくつかの特別が折り重なった。 一つは、監督である蔦文也の指導力が円熟の境地に達しつつあったこと。彼は、部員たちを追い詰めるバランスというのを見極められるようになっていた。かつてのように追い詰め過ぎない。潰れる寸前でリリースする。 そのためこの夏の地獄の猛特訓では、18人いた全ての部員たちが逃げるに逃げられなかった。もうダメかと思う寸前に、文也が手綱を緩めるからだ。 しかしおかげで、各々が各々の限界ギリギリまで鍛え上げられることとなった。そうして、かつてないほど仕上がったチームができ上がった。 また、この夏は高校野球全体にとっても特別な年になった。それは、二つの意味で特別だった。 一つは、甲子園への出場枠が増えたこと。当時、甲子園の出場校は各県一つずつではなかった。例えば四国は北四国と南四国の二校だけだった。だから徳島県と高知県の高校は、それぞれの県で勝

    9時間前

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  • 令和の恋愛事情:その4(1,820字)

    前回は、周囲から狂人だと思われているぼくのことについて書いた。何が言いたいかというと、要は現代人には狂気が不足しているということである。そして恋愛には狂気が必要だ。だから現代人は恋愛ができないのである。若者の狂気不足が、少恋愛、少結婚、そして少子化全ての原因である。 だから、恋愛をしたければ、狂気を取り戻す必要がある。しかし現代で狂気を取り戻すのは至難の技なので、前回はぼくの方法を紹介した。ただしぼくの方法はぼく以外はなかなか使えないということがあるので、今回は誰もが使えるような狂気の獲得方法について見ていきたい。 狂気は誰でも獲得できる。ではどうすればいいか? その問いの驚くべき答えは「恋愛をする」というものである。なぜなら、恋愛をしていれば、たとえ狂ったことをしても「あいつは今、恋愛をしているから、狂ったことをしてもしょうがない」と思ってもらえる。つまり恋愛をしている間だけ、ぼく

    1日前

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  • [Q&A]我欲を捨てるにはどうすればいいか?(1,720字)

    [質問] 中国の春秋時代の書物に『孫氏の兵法』というものがありますが、その中に「智者の慮は必ず利害に雑う」とありますが、その当時の意味なら、だいたい分かるのですが、現代で活用するには、どのように意味を捉えて解釈すれば、実行できますでしょうか? 作家の岩崎夏海先生の現代語訳的なものをお聞きしたいです。 [回答] 例えばトヨタはキャパ以上に注文が来ても受け付けません。増産体制を整えすぎると、その後に売れなくなったときに図体がでかいばかりに経営が傾くからです。ですから、今売れているからといって増産しない。最大限まで儲けようと考えない。そういうことではないでしょうか。 ぼくは常に「どこで負けるか?」を考えていますね。前にもどこかで書きましたが、キチガイと思われることは普通の人にはかなりデメリットですが、ぼくにとってはメリットです。なぜかというと、頭が良いのに欠点がないと恨まれて殺されるからです

    2日前

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  • 建築の学び方:その21(1,718字)

    建築には、当たり前だが「外観」というものが存在する。しかしこれは、当たり前すぎて逆に見落とされがちだ。 特に日本においては見落とされている。自分の家の外観にこだわっている人はほとんどいない。なぜかというと、日本人は内観――取り分け「間取り」に対するこだわりが強すぎるからだ。その反動で、どうしても外観がおざなりになる。 家の間取りを優先すると、必然的に外観の形状が歪になる。試しに、Googleマップの航空写真で、自分の家の近所の住宅街を見てほしい。ほとんどの家の屋根の稜線が、一本ではなく複数、しかもギザギザに折れ曲がっているはずだ。 この屋根の稜線の複雑さこそ、内部の間取りにこだわっていることの証拠である。間取りにこだわると、柱の並び方が複雑になる。そうして必然的に、屋根の形も複雑になってしまうのだ。 おかげで外観は、見た目や形状としての美しさを全く考慮されていない、幼児が積んだ歪な

    3日前

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  • 石原莞爾と東條英機:その127(1,900字)

    国「防」を主眼に据えた、1944年の日本はどうだったか? まず3月に悪名高い「インパール作戦」が始まる。陸軍はビルマからインドへと侵攻した。連合国の中国への輸送ルートを遮断するためだ。つまり中国戦線の支援のためである。 しかしこの作戦は日本軍そのものが補給と移動を軽視していたので、多数の餓死者や病死者を出した。約10万人の兵力のうち、3万人が死んで4ヶ月後の7月に終わる。 6月にマリアナ沖海戦が行われる。これは日本の基地や空港があったサイパンなどマリアナ諸島を守るための戦いだったが、アメリカ軍の猛攻を前に、海軍はほとんどの飛行機とパイロットを失い惨敗する。 7月にとうとうサイパン島が陥落する。ここをアメリカに奪われたため、アメリカによる日本の空爆が可能になる。当時の飛行機の移動距離だと、ハワイからの日本への空爆は無理だった。しかしサイパンからだと、ぎりぎり行って帰ってこられる距離とな

    4日前

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2014/01/30 11:01

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