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徳島商業時代の蔦文也は、チームメイトと共に、監督である稲原幸雄にさんざん走らされた。それでロードワークで稲原のいないところまで来ると、徳商の方に向かってみんなで「稲原のバカヤロー」と叫んだそうである。そうして気を紛らわしていた。

稲原は厳しかったが、けっして恐れられてはいなかった。むしろADHD特有の「調子の良さ」から舐められたり軽視されたりしていた。これが文也に多大な影響を与えた。文也の後年の指導スタイルは、この稲原直伝のものである。

稲原は、生徒たちに尊敬させなかった。文也も、これに倣って生徒たちに尊敬させなかった。そもそも文也は極端な恥ずかしがり屋である。だから、人から尊敬されることがなんともむず痒かった。

そこで、生徒から尊敬されないよう心がけた。そんなとき、生徒に尊敬されない稲原はとても参考になった。そもそも稲原は人間が柔らかく、人に気を遣わせなかった。その点も文也には良か
「どう『住む』か?」を考える上で、「身体感覚」に触れないわけにはいかない。なぜかといえば「良い生活」は「優れた身体感覚」と密接に結びついているからだ。逆に言うと、優れた身体感覚がなければ良い生活は望めない。

これは変な話だが、優れた身体感覚がないと、昔の住宅に多かった「ちょっとの段差」というものが「ストレス」にならない。なぜなら、たとえそこに躓いて足を痛めたとしても、「自分は身体感覚が悪いから躓いて当然」と、妙に納得してしまう。そうしてストレスを覚えないから、再び同じ段差で躓くということをくり返す。

しかし優れた身体感覚があると、ちょっとの段差を鋭く察知して避けることができるのだが、それで逆にその避けるという行為に大いなるストレスを感じる。「段差がなければ避けるなどという余計な動作は必要なかったのに」と。だから段差そのものを直そうとする。そうして家全体が住みやすく、快適なものとなってい
[質問]
浜崎あゆみさんの歌で「talkin`2myself」という歌があるのですが、その歌詞で「破壊する事により創造は生まれるという事を君は知っている」という箇所があるのですが、歌詞が短すぎて、咀嚼できません。普通に考えれば、破壊は不幸にしかならないと思うのですが。長年、クリエイトを研究し、クリエーター塾で塾長を務めております、岩崎夏海先生に、この歌詞をどう解釈すれば、良いのかお聞きしたいです。

[回答]
欧米には古くから「破壊と創造」という概念があります。それは「創造」というものが「破壊」の後に来るという歴史的な経緯から生まれた言葉です。

例えば山火事があって、森が燃えてはげ山になったとします。木々がなくなって貧相になるかと思いきや、すぐにたくさんの芽が吹いて、以前よりずっと活性化、あるいは多様化しました。そんなふうに、山火事という破壊によって新しい森がクリエイトされる。こうした状
ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

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岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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