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無印良品は、バブル崩壊直後はまだ良かったが90年代の10年間を通じて徐々にその存在感を失していった。代わりに社会には安くて良い物が増え始めた。デフレ社会が不可逆的に進行し、ありとあらゆる商品が「ブランド価値はないが良い物」つまり無印良品と化していったのだ。

そうして本家本元であった無印良品は、2000年頃にはすっかり落ちぶれてしまった。ここで潰れてもおかしくなかったのだが、しかし新たな攻勢に出る。それは、無印良品そのものをブランド化していくという展開だ。特に、生活提案に基づいたブランドを確立するということだった。

ちょうどその頃「丁寧な暮らし」ムーブメントが湧き上がりつつあった。そして、そこにおいて無印良品の評価がそれなりに高いことを知ると、徐々に彼らに合わせた商品を展開していくようになる。そこに活路を見出そうとしたのだ。

もともと無印良品には、「良い物」を作ることのノウハウと経験と
[質問]
ハックルさんの影響で、建築に興味を持とうと思い、天王洲アイルでやっております「ガウディ展」に行って来ました。ガウディという方は「キリスト教」と深い関わりのある建築家という事が分かりました。そして、思いました。「仏教」とは関係がないのか?「仏教」とは接点がないのか?ガウディと「仏教」の結びつきを教えていただければ幸いです。 

[回答]
ぼく自身、実はガウディのことをよく知らなかったので、Geminiに聞いて見ました。すると、こんな答えが返ってきました。

ガウディと仏教の接点はある?

アントニ・ガウディと仏教の間に直接的な信仰上の接点はありませんでしたが、彼の思想や建築哲学の中には、驚くほど仏教的な死生観や宇宙観と共鳴する部分が多く見られます。

ガウディ自身は熱烈なカトリック信者でしたが、彼がたどり着いた境地は、東洋の哲理に通じるものがありました。

1. 「自然」を師とする
『耳をすませば』には、多摩丘陵の迷宮に加え、もう一つ抽象的な迷宮が描かれている。それは「創作の迷宮」である。

宮崎駿監督は、その全ての作品において手法や方法論について非常に自覚的である。すなわち「物語はどう作られ得るのか?」という問いについて極めて強く意識している。それにその時点での答えを出すというのが、彼の一貫した創作姿勢だ。

そして宮崎監督は、そのキャリアの最初期から「無意識」を強く意識していた。つまり「どう作るか?」を考え続けた結果、やがで「考えない」いや「考えてはいけない」という結論に達したのである。

この結論に達してから、宮崎監督の興味は「いかに意識をなくすか?」ということに集中した。そうして作品ごとに、さまざまな方法でそれを試してきた。意識しないことを目指すことが、監督自身の創作そのものとなっていったのだ。

そういうコンセプトに辿り着いてから、監督には一つの方法論が浮か
ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

著者イメージ

岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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