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小説『神神化身』第二十四話 「簞食壺漿(Sound out Main-mast)(前編)」
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小説『神神化身』第二十四話 「簞食壺漿(Sound out Main-mast)(前編)」

2020-10-30 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第二十四話

    簞食壺漿(Sound out Main-mast)(前編)


    「お前、普段とは随分キャラクターが違うんだな」
    「いけませんか」
    「批判する意図はねえよ。多面的じゃねえ人間は描写に欠ける。お前は申し分無く魅力的だよ。八谷戸」
     萬燈が真面目な顔をして言うので、遠流はまんまと反応に困る。久しぶりに会ったが、相変わらず意図が掴みにくい相手だった。彼には自分のような裏の顔があるわけじゃない。むしろ、萬燈夜帳という男には晒すべき表しかない。なのに、底が全く見えないのが厄介なのだ。
     その萬燈が、対立する別の舞奏衆にいるというのは悪夢に等しい。何をしでかすか分からないからだ。出来れば、こんなところで会いたくはなかった。
     そんな遠流の気持ちを知ってか知らずか、萬燈はいかにも興味深そうに笑っている。楽しそうで何よりだ。
    「優雅に散歩してた俺をわざわざ捕まえにきたんだ。話したいことがあるんだろ?」
    「話したいというより、確認したくて来ました。……あなたは正式な手続きを踏んで覡になったんですよね?」
    「三回回ってワンで入れる裏技が無えんなら、お前の思う道を通ってきてるな。それとも何だ? お前のアレはサービス精神から吐いた嘘か?」
     嘘じゃない、と遠流は噛みしめるように言う。
     かつて、遠流は萬燈と同じ番組で共演したことがある。地域に根ざしながらも独特な進化を遂げた郷土芸能──舞奏に関する番組で。
     そこで萬燈は、舞奏に強い興味を示した。舞奏の成立からその先にあるカミの存在まで。そして彼は、最も優秀な情報源として、八谷戸遠流を絡め取った。
     そして今、闇夜衆の覡として遠流の前に立っている。
    「正直なところを言うと、上手くいくはずがないと思っていたんですよ。『化身を発現させるにはどうしたらいいか』なんて真面目に尋ねられるとは思ってませんでしたから」
    「それに対する『カミに会えば良い』ってのはシンプルで良かったな。それに理に適ってる。化身がそいつの為のものなら、カミ自身に聞けばいい」
     言っていることは間違っていない。遠流が説明した通りだ。見初められる余地も萬燈になら十分にある。参戦だけが、とにかく予想外だった。
    「……それで、どうでした? カミに会ったご感想は」
     この様子だと、その姿だって目の当たりにしたのだろう。今回の件で一番気になっているのはそこだった。萬燈夜帳はカミの姿を見たのだろうか?
     萬燈は、珍しくたっぷりと時間を取った。そして、思い出したように口を開く。
    「叙述トリックって知ってるか? 書き手が文章を使って意図的に読者を誤認させるテクニックのことだ。男だと思われていた人間が女だったり、若者かと思われていた人間が老人だったりってのが有名だわな。俺はこれを作者と読者の共犯関係だと思ってる。何故なら、その物語の中で読者は思い込みによって世界を構築するからだ」
     すらすらと淀みなく萬燈が言う。どこぞの大学教授よりもよっぽど堂に入った講釈だった。
    「……どういう意味か分かりません」
    「分からなくていい。俺が俺を理解させたい時は、然るべき言葉を使う。今はそうじゃねえんだ」
     つまり、答えるつもりは無いのだろう。分かっていたことだ。
    「それで、どうするよ。このままお開きにするのか? うちの昏見は名残惜しそうにしてたが」
    「……会食でもするつもりですか? 率直に言って嫌ですよ。あまり櫛魂衆とあなたを引き合わせたくない。三言には近づいてほしくないですし、比鷺には近づく価値が無いので」
    「俺が言うのもなんだが……お前、九条比鷺にだけやたらめっぽう冷たくないか」
    「そんなことないですよ。むしろ優しすぎるくらいです」
    「俺は九条鵺雲より九条比鷺の方が好きだが」
    「究極の二択はやめてください。あの兄弟はどちらも違ってどちらも最悪なところがあるので」
     言いながら、遠流はスマートフォンを取り出す。どうせあれこれ言いくるめられるなら、先んじて昏見に連絡してしまった方がいいだろう。さっき体よく連絡先を交換させられたのは、これを見越してのことなのだろうか。そう思うと、何だか癪に障る。
    「社交的であることは美徳だな。気遣いに感謝する、八谷戸」
    「別に萬燈さんに言われたから連絡をしているわけじゃないんですが」
    「何にせよ感謝はするさ。俺もお前と同じ卓を囲みたかったからな。これは俺の分の礼だ」
    「やっぱり僕、萬燈さんのことが苦手ですね」
    「そいつは不幸な話だな」
     神妙な顔つきで萬燈が言う。
    「それにしても、櫛魂衆は面白いな。こっちもこっちで面白人間博覧会だと思ってたが、そっちにも必要なもんは全て揃ってる」
    「番狂わせがお好きでしょう? 負けるところを想像もしていないあなたに面白いものを見せてあげますよ」
     遠流が言うと、萬燈は軽く頷いてみせた。それすら織り込んで楽しもうとしている人間の顔をしていた。

       *

    「えっ、ちょっ無理無理、ていうか何で俺が真ん中なの!? さっき端っこだったんだから今度も端っこでよかったのに! 俺こういうの駄目なんだって! 集団レクとかで真ん中の席になった時の、あの『お前が会話回せよ、真ん中なんだからさ』みたいなプレッシャーを受け続けるトラウマが蘇ってさあ、こっちは必死で会話を回そうとしてんのに滑らない話を無限に要求してくるあの感じだよ! うう、やだ……」
     舞奏社が紹介してくれた店は、社の近くにある洋食店だった。予め設定されたコース料理がサーブされていく方式で、控えの間と同じ六人掛けの長テーブルが配置されていた。つまり、同じような席順問題が発生する店だった。
    「比鷺は真ん中が良かったんじゃないのか? これも駄目なのか……」
    「三言は悪くないんだけどさ、いざ真ん中になったら真ん中のプレッシャーもあるよねって話で、円形のテーブルだったらまだよかったんだけどさあ」
    「もういい。お前は隅っこに立って塵を食ってろ」
     うんざりしながら遠流が言うと、比鷺は一層びゃあびゃあ鳴き始めた。比鷺の嫌いなところは無限にあるが、こういうところは特に嫌いだ。折角三言が気を遣って真ん中の席に配置してくれたというのに。三言の厚意を無にするどころか踏み躙っている。
     けれど、当の三言は困ったように笑うばかりで怒ろうともしない。優しさは三言の美点だけれど、そういうところはもどかしく感じる。
    「……分かるわー、真ん中って強制的に喋らされる感じがしてやだよな。まさかトイレに行ってる間に勝手に席割りが決められてて、俺が真ん中に配置されてるとは思わなかったわ。今更俺が何か話すことあるか? 無いだろ」
     同じく向かいの真ん中に配置された皋が、どんよりとした表情で言う。さっき空気の読めない発言をして、なごやかな場をぶち壊したことを気にしているのだろう。よりにもよって三言を標的にした時点で、遠流からの評価は急降下だった。せいぜい反省していればいい、と遠流は思う。
     けれど、皋の目の付け所は悪くない。三言の我欲の無さや、やや浮世離れした部分は、彼にとって看過出来ない部分なのだろう。願いに執着している分、その隔たりが酷く大きいものに感じられるに違いない。
     口を開く度に微かに見える舌の化身も相まって、皋所縁の難儀な人生を察してしまう。その位置からして、かなり嫌な目の付けられ方をしていた。
    「気にすることはありませんよ、所縁くん。人間はいつだってどんな時だってやり直せます。場も空気も何度でもぶち壊しちゃえばいいんですよ。エアクラッシャー皋所縁って、なんか格好いいじゃないですか。失格探偵とかいう謎の四字熟語よりは素敵な肩書だと思いますよ!」
    「遠回しに刺すなよ。俺が何かまずいことを言いかけたらその都度なんとかして黙らせてくれ。何してもいいから」
    「皋。昏見相手にそういう類いの言質を取らせるのはまずいんじゃねえか」
    「えー! 萬燈先生まで! 心外すぎて胸が痛いです! 私がこれに乗じて所縁くんにいけないことをするみたいじゃないですか! そういう態度が非行の原因になるんですよ。これをきっかけに私が人の物を盗んだりする大人になったらどうするんですか!」
    「……訂正する。何してもいいわけじゃないけど止めてくれ。あとは黙ってろ」
     そう言って、皋がとうとうテーブルに突っ伏してしまう。後ろで結ばれた髪の毛が合わせて撥ねた。
    「でも、言われた当人である俺は気にしてませんから」
     フォローに入ろうとしたのか、三言が慌ててそう言い添える。
    「六原が気にしてなくてもなー俺はなー……」
    「そろそろ料理が来ますよ。皋さん」
     そう声を掛けると、皋がパッと起き上がった。店員に醜態を晒したくないのか、単に料理が楽しみなのかは分からない。
     仕方がないので、これから食べるものに意識を向けることにした。ナイフとフォークがずらりと並んでいるが、本当は簡単に食べられるものがいい。片手で食べられるものならなおのこと嬉しい。あんまんとか。そう思うと、遠流は何とも言えない気持ちになった。


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    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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    ©神神化身/ⅡⅤ

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