小説『神神化身』第四十八話

当機立断(Keep in mind the choice.)」


 三言(みこと)は最近、『ノベルゲーム』というものの存在を知った。
 比鷺(ひさぎ)がよくやっているのは、銃で他の相手を倒したり、暗いフィールドで人を追いかけ回したり、モンスターを狩り続けたり、リズミカルに相手を場外に叩き出したりするやつだったので、画面に延々と文字が表示されるノベルゲームは新鮮だった。
 一見すると小説を読んでいるだけのようにも見えるのだが、比鷺曰く「選択肢が色々あって、それで展開とか結末とかが変わったりするから、これは三言が見ている以上にがっつりとゲームだよ」ということだった。
 稽古が休みで、なおかつシフトが入っていない時、三言は今日のように比鷺の部屋にやってくる。家に籠もりがちな比鷺の元を訪れるのは、櫛魂衆(くししゅう)を組む前から変わらない習慣だ。だが、以前とは全然状況が違う。
 以前の三言は、比鷺に乞われるがまま三日に一度の訪問を行っていた。けれど今は、忙しい遠流(とおる)に合わせる為に自分達のスケジュールもかなり変則的だ。休める時に休み、稽古出来る時に稽古するようになっている。
 ルーチンが崩れてしまったが、今の方が楽しかった。こうしてノベルゲームのスチルコンプリート、とやらをやっている比鷺を隣で見ているのは楽しい。
「あー、やっぱこのゲーム良ゲーかも。ルートごとにがっつり違うとこ見せてくれるのがいいよなー……。介入率が高えー」
 比鷺が今やっているのは、遠流がCMに出ているノベルゲームだった。シリーズ初の実写CMということで話題になっているらしい。何度も同じ世界をやり直す主人公のビジュアルは、確かにどことなく遠流に似ていた。頑張り屋さんなところもそっくりだ。
 遠流が宣伝しているゲームなのだから、出来ることなら触れておきたい。そう思ったのだが、生憎三言はゲームに明るくない。そこで、比鷺が三言を隣に置いてプレイしてくれることになったのである。お陰で、三言も大体の話を把握することが出来ている。
 集中している時の比鷺は読むスピードが速いので、たまについていけなくなることがあるのだが、そういう時は比鷺が上手に話を要約して伝えてくれる。
 比鷺は「うっかりしてた、ごめんね」と申し訳無さそうにあらすじを語ってくれるのだが、三言にとってはむしろそちらの方が嬉しかった。比鷺が話のどこを気に入っているのかが如実に分かるからだ。
「あとちょっとでイベも含めてスチルコンプだから、気合い入れてやりたいんだけど、ここまできたら絶対にアシスト機能とか使いたくなくてさあ……もっかい頭からこのルートやるかあ……?」
「大丈夫、比鷺ならどんな鬼周回でも耐えられるはずだ」
「俺が言うのもなんだけど、段々ゲーム用語に熟達していく三言を見ているといけないことをしてるような気持ちになるな~!」
 そう言いながら、高速で文字を流していく比鷺の姿は、まるで職人のようだと思う。この処理能力の高さも舞奏の技量に影響しているのかもしれないな、と三言は思う。
「でもさ、遠流がこんな名作のシリーズのCMに出るようになるとはね。このまま行くとゆくゆくはハリウッドに進出したり、ノーマン・リーダスみたいに遠流を歩かせて高速道路を繋ぐゲームが出ちゃったりするんじゃない?」
「いいな、それ。遠流が色んなところで活躍するのは見てみたい」
「見てみたいよねー。内緒だけど、俺ね、遠流にずっとアイドル続けてほしいんだ」
 比鷺が少し寂しそうに言う。
「続けるんじゃないのか?」
「うー……ん。まあ、しばらくは続けるだろうけど、その後ね。遠流の人生はこれからも続くわけじゃん。その先のこと、あいつちゃんと考えてんのかなあ……。こう言うのもなんだけど、最近の遠流、ちょっとおかしい気がして……や、俺の思い過ごしだと思うんだけどさ」
 比鷺が慌てて訂正する。だが、三言は知っている。比鷺のこういう予感が思い過ごしだったことはない。嵐の訪れを察知する鳥のように、比鷺の勘は当たるのだ。
 だが、三言にはどうすることも出来なかった。比鷺には見えているらしいものが、彼には見えない。遠流は一体何を抱えているんだろうか?
 画面を流れる文字が速くなる。比鷺も何か思うところがあるらしい。大人しく、今日届いたばかりの『季刊舞奏(まいかなず) 臨時増刊号』を取り出す。本来ならば季刊だったはずの雑誌だが、最近はやけに増刊号が多い。舞奏競(まいかなずくらべ)が盛り上がっているからだそうだ。この刊行頻度の高さが、自分の身近で起きた一番の変化かもしれない。
「あ、それ読んでるんだ。俺も三言のインタビューの時だけ読んだよ。あとは怖くて読めてないけど」
「色々と役立つ情報が載っているぞ。各國の舞奏衆(まいかなずしゅう)の情報が載ってたりとか……。あとは、舞奏競の結果とか」
「でも、そんなに目立つ結果ないでしょ。大体が勝敗つかないとか、あとは勝っても御秘印(ごひいん)貰えなかったりとか」
「舞奏競に勝っても御秘印が貰えないこともあるんだな」
「……うーん……そうだね。歓心の不足、ってことなんだろうけど、単純に俺らは前評判のボーナスもあるし……」
 競ったところで、どちらも素晴らしいものを奉じられたと言えない結果になることもある。無理矢理に勝敗を決しても、それが認められるかどうかは別らしい。
「まあ……やっぱり化身の有無っていうのもあるのかもしれないけど……」
 ぽつりと比鷺がそう呟いて、咄嗟に口元を押さえた。
「うわっ、今の俺の発言忘れてくれる? 絶対忘れて」
「比鷺がそう言うなら忘れるぞ」
「はー、マジで鬱だわ。良識とか良心は努力によってのみ獲得出来る……」
 比鷺がへこんでしまったので、三言は慌てて話題を変えることにした。
「ほら、今回の『季刊舞奏』には、萬燈(まんどう)さんの掌編(しょうへん)? が載ってるらしいぞ」
「え、何それ。あの人そういうのもやってんの」
「何でも『季刊舞奏』の編集者さんが、街を歩いていたら通りの角で萬燈さんにぶつかって、その縁で書き下ろしてもらうことになったらしい。すごいな」
「は? こわ……。編集者の仕事が街角でトレハン積んでレアエン狙うことになっちゃう……」
 あんまり比鷺の心には響かない情報だったらしく、顔がますます曇っていく。
「お陰で今回の『季刊舞奏』は手に入りづらいらしいんだけどな、こういう時に定期購読はお得だな! 本屋さんで見つからなくても、発売日にちゃんと手に入るんだぞ!」
「真面目な性質が故に、一気にCMっぽくなるところ好きだよ」
 そう言って、比鷺がようやく笑った。どういうところが琴線に触れたのかは分からないが、三言は一気に安心する。
 その時、スマホの着信音が流れ出した。比鷺が小動物のように反応し、毛布に包まりながらスマホに手を伸ばす。
「って、あれ? 俺じゃない。どうせろくな電話じゃないと思ったのに……」
「ということは俺かもしれないな」
 三言が懐に手を入れ、真新しいスマホを取り出す。案の定、着信が入っていたのは三言のスマホだった。
「え、スマホ替えたの?」
「ああ。この間小平さんのノートパソコンを壊しただろ? あれがきっかけで電気屋さんに行くことになってさ。ついでに選んでもらったんだ。なるべく舞奏社(まいかなずのやしろ)の人や、他の覡(げき)の人とも連絡が取れたらいいのかなって……」
「今まで化石みたいな機種使ってたもんねえ……舞奏が三言の世界をどんどん進化させてくねえ……」
「どんどん進化していくぞ! もう何度も遠流や小平さんとテスト通話してるしな!」
「うんうん。進化しな進化しな。……っていうか、出なくていいの? 切れちゃうよ」
 比鷺に促されるまま、画面を見る。
 だが、画面に表示されているのは遠流の名前でも社の名前でもない。知らない番号ですらない。『非通知設定』という素っ気ない文字が躍っている。
「小平さんが、ここに名前や番号が出ない相手には注意しろって言ってたんだ」
 俄には信じられない話だが、世の中には悪戯電話をしてくる人間や、嫌がらせをしてくる人間がいるらしい。そういう人間は決まってこうして、全部を隠して連絡を取ってくるのだそうだ。
「えー、非通知? 非通知なら出なくていいんじゃないかな……だって、三言の番号殆ど誰にも教えてないんでしょ?」
「そうだな……知ってる人にだけだ」
「だったら多分間違いだろうし、無視しな」
 比鷺が訳知り顔で指示する。素直に従った方がいいだろう。三言はこういう機器や通信にまだ慣れていない。それに対して、比鷺は炎上しがちだが、三言よりもずっとこういうことに慣れている。出ずに放置していると、不意に比鷺が言った。
「これ、何かの分岐っぽいよねー」
「分岐? 比鷺のやっているノベルゲームみたいなやつだな?」
「そうそう。でもまさかこんな電話に出るか出ないかで何が変わるわけでもあるまいし」
 比鷺がけらけらと笑う。そのうちに、着信音は止んでしまった。それきり続けて鳴らなかったあたり、本当に間違い電話だったのだろう。流石は比鷺の判断だ、と思う。
「三言の世界は広がっていくね。ちょっとさみしーけど嬉しいよ。すくすく育ちな」
「そうだな。ちゃんとバランス良く栄養を取ることにするよ」
「うんうん。三言はそれでいいよ」
 褒められたことで、三言は素直に嬉しくなる。
「社の人と沢山コミュニケーションを取れるのはありがたいな。稽古の調整もしやすいし……」
「そういう方面に行くのが三言らしいっちゃらしいけども……」
「そういえば、合同舞奏披(まいかなずひらき)の申し入れも打診されてるんだが。それはどうする?」
 合同舞奏披とは、舞奏競開催中に行われるエキシビションのようなものだ。観囃子(みはやし)に感謝を向ける為のものであり、歓心を得ていくというより具体的な目的もある。だが、比鷺はいよいよ縮こまってしまった。
「え!? やだよ! どうせそれ闇夜(くらやみ)とマッチングさせようとしてくんじゃん! 合同舞奏披なんてやるわけないでしょ。あれ、合同稽古とかもあるし、他にも色々格式張ってるやつもやるじゃん……やだ……やだよ……。ていうか、遠流の方が嫌がりそうだもんそれ……いざとなったら、遠流に抵抗してもらお」
「遠流は嫌がるだろうか?」
「嫌がるでしょ! ていうか事務所NGにしてもらお! だったら俺、合同舞奏披よりあれ出たい。ワクワク超パーリィ。遠流もゲームとの繋がりが出来たわけだし、ワンチャン潜り込めないかな?」
 比鷺が毛布から顔だけ出して、首を傾げる。
「ワクワク超パーリィか……」
「なーんてね。正直くじょたんはそこまでの実況者じゃないし、まだ夢だけどさ! でも、合同舞奏披なんかより、俺にとってはそういうのがいいよねーって話」
 そう言って、比鷺は再度コントローラーを握り始めてしまった。
 もし、ワクワク超パーリィへの招待を受けていると言ったら、比鷺はどんな反応をするだろうか。実況者ではなく、覡としての参加という形にはなるのだが。もしかしたら、舞奏へのモチベーションが凄く上がるかもしれない。ワクワク超パーリィを経て、その先の合同舞奏披への意欲も高まるんじゃないだろうか。そうしたら、櫛魂衆として観囃子の前に出る機会が二度も増えることになる。それは嬉しいことだ。
 そうと決まったら、さっそく舞奏社に連絡をするべきだろう。遠流にも許可を取らなければ。比鷺の言う通り、遠流は嫌がるかもしれない。けれど、遠流は三言のお願いに弱いことに、最近の三言は気づいてしまっている。

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(テキストと同様の内容を画像化したものです)

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著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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