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小説『神神化身』第四十九話 「残夢の白地図」
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小説『神神化身』第四十九話 「残夢の白地図」

2021-04-23 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第四十九話

    残夢の白地図

     クレプスクルムのバーカウンターにさりげなく『季刊舞奏』が置かれているのを見て「本当にこいつは抜け目が無いな」と皋は思った。さりげなく『季刊舞奏』がこのお洒落なバーに調和しているのも悔しい。
    「見てくださいよー、萬燈先生の掌編が載っているんですよ」
    「えっ、あの人そういうのまで守備範囲なの? エッセイ的な?」
    「ウィットに富んだ掌編小説でしたよ」
     昏見の方はもう既に掌編を読み終わっているらしい。少なくとも皋よりは忙しいだろうに、昏見はいち早く萬燈の仕事をチェックする。こういうところのマメさに昏見の性格が出ているような気がする。そんなことを考えられる程度には、付き合いも長くなってきたのだ。
    「ていうかどうやって萬燈さんから原稿取ったんだろうな? めちゃくちゃ大変らしいじゃん、あの人に書いてもらうの」
    「編集後記にあったんですけど、『季刊舞奏』の編集者が街角で萬燈先生にぶつかったことがきっかけで寄稿してもらえることになったらしいですよ。いいですねー、萬燈先生ってばご縁があった相手には殊更お優しくていらっしゃるので」
    「それは確かにあるな……初詣ん時のファンサもそうだけど」
    「でも、ちょっと悔しいですよねー。私もウェスペルの大冒険を書き下ろされたいです。かくなる上は作っちゃいましょうかね。クレプスクルムにも、街角」
    「街角があるのは街じゃん。バーじゃないじゃん」
     そうは言ったものの、クレプスクルム自体も段々と変わってきている。皋の名刺や萬燈のサインが入ったショップカードなど、闇夜衆に関わるものが増えてきていた。マッサージルームを増築することや、街角を作り出すのは冗談にしても、そのうち萬燈夜帳の著作を置くコーナーくらいは出来てくるかもしれない。
    「『季刊舞奏』に載せるくらいなんだから、舞奏に関係した掌編なのか?」
    「そういうわけじゃないですね。これは何というか、不思議な短篇ですよ。特に歌や舞の描写は出てこないんですが、話を追っていくと舞奏のことを書かれているんだとわかるような物語なんです。私が闇夜衆である萬燈先生を間近で見ているから、そう感じるのかもしれませんが」
    「へえ、後で読んでみるか」
     萬燈の著作の中では皋が読んだことのあるものは、ミステリー色の濃いものだけだった。だが、闇夜衆を組むようになってから、他の作品も少しずつ読み進めている。テイストが全然違うのにどれも面白いのは流石だと思った。稀代のエンターテイナー、天才小説家の名にふさわしい。
    「よければ私のもの一冊差し上げますよ。倉庫に数百冊ほどありますので」
    「版元かよ。や、今パラ読みさせてもらって後で自分で買うわ」
     『季刊舞奏』には六原三言のインタビューが載っていたこともあるし、闇夜衆も何度か特集を組んでもらったことがある。写真に撮られた皋の表情は明らかに強ばっていてこなれていなかった。それでも、探偵時代に無理矢理浮かべていた別人のような笑顔よりはずっとマシだと思った。それどころか、誇らしいとすら思ってしまうほどだ。
    「インタビュー受けてた時期は結構大変だったよな。それでも無茶なことはやらされなかった印象だけど」
    「その点については富士原くんがあれこれ手を回してくれたんですよ。私達の負担にならないように」
    「あ、あの若い社人だろ。俺も色々世話になってる……あんま上手く喋れないけど……」
    「私は仲良しですからね! 連絡先まで知ってます!」
    「あんまり社人に迷惑をかけるなよ……」
    「なんで迷惑をかける前提なんですか! 有貴心外! 富士原くんもあれで苦労されてるんですよ。あそこの舞奏社は社人の家系に生まれた社人の方が多いですから、なかなか馴染めなかったらしく」
     そうなのか、と皋は思う。自分のことでいっぱいいっぱいだったこともあり、富士原の苦労には気づけなかった。その点、昏見はそういうところに気を回すのが上手い。もしかすると、本当に昏見が富士原の心を救ったということもあるのかもしれない。
    「家ぐるみで社人ってのもあるのか……」
    「伝統的な舞奏社だと特に多いみたいですね。化身持ちも血筋が話題になりますし、そういう流れがあるのかもしれません」
    「俺はそういうの全然無いからピンとこないわ……」
    「まあ、所縁くんのは急に出てきた化身ですからね。タピオカ屋さんの跡地に出来たからあげ屋さんみたい。あ、いえ不意に現れた流れ星みたいですね」
    「最後を綺麗に締めればいいと思うなよ」
     そういえば、昏見の化身はいつ出てきたものなのだろうか。舞奏の才覚があることは認めるが、それも血筋に関係することなのだろうか? 何となくそうでなければいいと思う。そういうしがらみすら無いところで、純粋にその才をカミに認められていたのであればいいと。
    「どうしました? 所縁くん。そんなに情熱的に見つめられても、私の目の色が時間経過によって段々と変わっていったり、ネクタイの形が少しずつ変化したりはしませんよ」
    「お前にアハ体験的要素を求めてるわけじゃねえよ」
    「なんか最近の所縁くん、考え込むことが多いですよね。お疲れなんじゃありません? ちゃんと寝られてます?」
    「昔に比べたら百倍ぐらいよく眠れてるっての」
     そう言って、ふと昔の思い出が過る。
    「なんかさあ、よく眠れてなかった頃、何度も同じ夢を見てたんだよな」
    「へえ、どんな夢ですか?」
    「事件を解決出来ない夢を見てた。……うーん、なんで解決出来ないのかよくわかんないんだけど、全然推理出来なくて。あれ焦るっていうか悲しくなったんだよなー」
     そう言ってから、しまったなと思う。昏見のことだから、どうせこれを揶揄って「夢の話で盛り上がれるのはフロイトだけですよ」とでも返してくるに違いない。迂闊なことをしてしまった、と心の中で後悔する。
     だが、昏見は少しだけ真面目な顔をした。ややあって、昏見が言う。
    「私もよく素敵な夢を見るんですよ。私は無敵の怪盗ウェスペルで、ターゲットリストにあるものを何の苦も無く盗み出していって、最終的に全てのものがあるべき場所に戻った結果、七大陸が一つになるって夢なんですけど」
    「お前の怪盗行為の行き着く果てってパンゲアなの?」
    「私ね、君と私は似たもの同士だと思ってますけど、だからこそ鏡合わせだと思うんですよ。それはきっと、夢の中でも例外ではないんですよね」
     失われしパンゲア大陸を語る時と同じ調子で昏見が言うので、うっかり意図を掴み損ねる。それはつまり、皋の悪夢と昏見の大陸統一が繋がっているということだろうか。
     つまり、皋は今の世界の形を保っている救世主で──自分の思考まで与太に寄っていることを自覚して、慌てて振り払う。もう少し真面目に考えた方がいい話の気がする。それはつまり、どういうことだろう?
    「お前の幸せな夢を邪魔して悪かったな。カミには大陸統一を願ってくれ」
    「えー、私メガワインと五〇〇〇兆円と、一生免許更新しなくて済む権利を願おうとしてるんですけど大陸もいけますかね?」
    「そこそこ強欲な奴だなお前……。大丈夫だって。才能ある化身持ちって、カミに好かれてるんだろ? お前なんか特にそんな感じするし」
    「そう見えます? 驚きですね」
     微笑みながら、昏見が一段トーンの低い声で言った。
    「実を言うと、私、カミには嫌われているんです。所縁くんってば、まだ気づいてなかったんですか?」
     どういう意味かと尋ねようとしたところで、クレプスクルムの扉が開いた。鮮やかな藍色の着物を身に纏った萬燈が現れる。
    「悪い。遅れたな」
     その言葉を受けて時計に視線を向けると、確かに待ち合わせの時間を過ぎていた。
    「萬燈さんが遅れるの珍しいな」
    「ああ。ちっとばかし面白い話を聞いてな」
    「また街角でどなたかにぶつかって颯爽と手を差し伸べていたのかと思いましたよ! 街の角という角が『よば担』で埋まる前に対策を講じなければいけませんね!」
     昏見がころっと表情を変えて軽口を叩き始めたので、聞くタイミングを逃したな、と思う。今からでも強引に話を戻すことは出来るが、萬燈が来たのに妙な空気になるのは避けたい。それに、これからいくらでも聞く機会なんかあるだろう。今日聞かなくてもいい話だ。
    「で? 面白い話って?」
    「皋。お前、ワクワク超パーリィって知ってるか?」
    「え、いや知らんけど……パーリィっていうくらいだから、パーティーなんだよな? 俺そういうの苦手なんだよな。人間が集まるところって事件が起こりがちだから……」
    「パーリィといっても所縁くんの想像しているようなパーティーじゃありませんよ。大規模なイベントのことです」
     昏見が「そんなこともご存じないのですか!?」の顔で教えてくれる。生憎と、そのイベントは探偵の出る幕が無かったのだ。大変よろしいことだと思う。
    「俺の担当である高鐘を通して、このイベントへの参加依頼が来た」
    「まさか、最近の萬燈先生のマルチなご活躍と偏差撃ちが注目されて呼ばれることになったんですか? 興奮しますね」
    「いいや、そうじゃねえよ。出演依頼が来てるのはお前らもだ。贅沢なことに、闇夜衆をご所望らしい」
     萬燈の言葉に、皋は表情を引き攣らせる。
    「ワクワク超パーリィって舞奏を披露するような場所なの?」
    「所縁くんの参考になるようにお話すると、超パーリィでは歌舞伎も上演されますし、超テクノな法要もやります」
    「歌舞伎と法要やるならやるかあ~舞奏」
    「じゃあ、参加ってことでいいか?」
    「萬燈さんがいいなら、まあ断らなくてもいいかって思うけど……合同舞奏披の前にそんなおっきなイベントがあっても大丈夫なわけ?」
     つい先日、武蔵國の舞奏社から合同舞奏披の打診を受けたばかりだ。まだ舞奏競も残っているというのに、そんなにハードにスケジュールを詰めていいものなのだろうか。
    「だが、きっと面白えことになるぞ。お目の高い超パーリィ側はあの櫛魂衆にも打診してるらしいからな」
    「まあ、ネームバリュー的にそうなりますよね」
    「それ参加確定なの? ワンチャン九条とか八谷戸が嫌がりそうじゃねえ?」
    「お前の読みは正しいだろうがな」
     そこで萬燈が言葉を切る。そして、言った。
    「だが、六原は出たがるだろ。なら、あの二人は確実に折れる」
     萬燈の口調は心底楽しそうで、なおかつ確信に満ちていた。
    「どうだ? 最近の六原にはそれなりの『我欲』がありそうなもんだが」
     お前はどうだ? と尋ねられたような気分になって、一瞬言葉に詰まる。修祓の儀での、およそ人間味の欠けた六原三言と、『果ての月』を経ての多少なり自分を出すようになってきた彼のことを思い出す。恐らくは皋とは分かり合えず、だからこそ眩しい相手のことを思う。考えてみれば、自分達と彼らはよく似ているのだ。
    「じゃあ、ちょっと……我欲を見定めに行ってみるか、その、何たらパーティーに」
     それを言う自分の声が弾んでいない自信がなかった。変わってしまったものだ、と皋は心の中で思う。

     

     




    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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    ©神神化身/ⅡⅤ

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