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小説『神神化身』第四十七話
「『季刊舞奏』編集部にて」「今回、開化舞殿(かいかまいでん)が開くかもしれないらしいよ」
同僚の惟光(これみつ)がそう言うので、押崎(おしざき)は「はあ」と気のない返事をした。
「全然乗ってこないじゃん! なんだよ!」
「『かもしれない』で『らしい』なんて言われてもな」
「いやいや、だって『果ての月』の取材行ったじゃん。その時はお前も似たようなこと言ってただろ。もうこんなこと二度とないって」
確かにその時は終わったばかりの興奮もあって、そんなことを言ったような覚えもある。相模國(さがみのくに)の櫛魂衆(くししゅう)と武蔵國(むさしのくに)の闇夜衆(くらやみしゅう)はどちらも素晴らしく、今まで味わったことのない絢爛(けんらん)な舞奏(まいかなず)の応酬に、仕事を忘れて見入ってしまったからだ。
「だってあれは……凄かったから」
「なー、そうだろ。仕事とか抜きにして感動しただろ。ほら、新人も、あれ見てからうちに転職決めたらしいし。他人の人生変えるくらいの力があるんだって!」
惟光が興奮したように言う。それを受けて、押崎は気圧されたように目を逸らした。
自分達が作っているのは『季刊舞奏』という雑誌だ。その名の通り、舞奏を扱っている雑誌である。今までは有名な舞奏社(まいかなずのやしろ)や、そこにいる実力の高いノノウたち、あるいは覡(げき)候補の特集を組み、穏やかにいいものを作る雑誌だった。
だが、ご存じの通り今は舞奏競(まいかなずくらべ)が行われている最中である。ある意味で『季刊舞奏』にとってのゴールデンタイムだ。編集部内は俄に活気づき、季刊という言葉はどこへやら、臨時特集号をバンバンと出す始末だ。目が回るほど忙しいが、ここまで充実している日々は二度と無いだろうとも思う。
「エンタメ偏重な雑誌なんだし、もっと華やかに行こうぜ。どうせ知名度の面では各舞奏社が発行してる月報には敵わないんだ。だったら、ウチの雑誌でしか出来ない飛び道具で、もっともっと盛り上がろうぜ」
惟光は今の状況が心底楽しいのか、子供のようにはしゃいでいる。
「どーすんの? 何すんの?」
「だーめだって。萬燈夜帳(まんどうよばり)の小説は各社順番待ちしてんだから。割り込もうとしたら出版業界でのブラックリストに入るぞ」
「いやでも萬燈夜帳って生で会うとめちゃくちゃ寛大らしいじゃん。街角で偶然ぶつかって、ごめんなさいって言ってからそのついでに依頼するとかならいけるんじゃ……」
「少女漫画かよ。というか、どうやって萬燈夜帳に街角で偶然ぶつかるんだよ。……だったらいっそのこと櫛魂と闇夜集めて撮り下ろしポスターとか作った方が盛り上がるかもしれないぞ」
実際は多忙な六人を一所に集めるのは難しいだろうが、歓心は集まりそうだ。惟光も真面目な顔をして「ありかもしれない……」と呟いている。
「……はーあ、開化舞殿が開く、ねえ」
開化舞殿が開く、というのはこの業界特有の言い回しで『今回の舞奏競は盛り上がっていますよ』というのを示す慣用句みたいなものだ。少なくとも、押崎の中ではそれ以上のものではない。
過去に開化舞殿が開いたことは何度もあるそうだが、それも舞奏社がそう発表しただけだ。それは舞奏社お墨付き、の印と何が違うのだろう?
「でもさ、よかったよな。相模の九条(くじょう)家とかあれだけ取材内容に口挟んでくる癖に、全然さっぱり開化舞殿に至れてないじゃん。今回は九条比鷺(ひさぎ)がどうにかしてくれるんじゃないの?」
「おい。九条家にマイナスなこと言うと、出禁になるぞ」
「いやいや。俺は九条家寄りだって。だってさ、すげーじゃん。荒清(あらきよ)も棟遙(むねはる)も栄柴(さかしば)も戎矢(えびすや)もみんな舞奏の世界からは消えてっただろ。その中で優秀な覡を輩出し続けてるんだから」
惟光が肩を竦(すく)めながら言う。
舞奏の名門と呼ばれた家も、どんどん消えていっている。化身(けしん)にこだわりすぎて跡目がいなくなってしまった家や、単純に舞奏の技量が足りておらず歓心が減り、そのまま消えていった家もある。才能が何より物を言う世界で、家の名を競い合うことに耐えきれなくなった脱落者たち。
そんな中で、九条家は本当に優秀だった。先代も先々代も化身持ちの優秀な覡を輩出しているし、今代に至っては稀代の天才・九条鵺雲(やくも)と櫛魂衆の九条比鷺という二人の覡を出してきたのだ。家名に恥じない活躍と言わざるを得ない
「でもさ、ここまでくるとやっぱりあれのお陰かなって思うよな」
「あれって?」
「化身だよ、化身。だって、櫛魂衆も闇夜衆も全員化身持ちなんだろ?」
化身という痣がある。身体のどこかに浮き出るという、奇妙に凝った形の美しい痣だ。それはカミから才能の証として賜った超自然的なものだそうで、舞奏社はその化身があるものを優先的に覡へと取り立てている。何故なら、それは疑うことすら赦されない、才の証なのだから。
多くの人間は、それをただの都市伝説、あるいは言い伝えのようなものだと思っている。
とあるライターの見解によると、あれは代々その土地の舞奏社に積極的に寄進を行っていた土地の有力者たちが、家紋とは別に作った権威付けの紋だという。その紋を名誉に思う彼らは、代々身体のどこかにその紋を彫り入れた。
それが巡り巡って自然に浮き出た痣、という伝承になったわけだ。
舞奏社の承認を受けた独自の紋を作り、その紋を堂々と掲げられる家は基本的に歴史ある名家だ。そうでなければ、そもそも周囲に紋が浸透しない。そして、そうまで舞奏社と深い関係を持っている家は、舞奏にも深く傾倒している。
だから、幼い頃から舞奏の手厚い稽古を受けることが出来、その結果いい覡が生まれる、とそういうロジックらしい。確かに突然出来た痣よりは納得がいくし、ネットではこれが正しいとまことしやかに囁かれている。
だが、押崎は化身というものを直接見たことがある。それも、三度もだ。
最初に見たのは例の九条家の長男である鵺雲のものだ。弟の方である九条比鷺は、その化身をやたら高貴なものだと思っているらしく、おいそれと人目に晒さないよう髪で隠しているのだが、鵺雲の方は特に気負うことなく露わにしていた為、見ることが出来たのである。
二度目は六原三言(むつはらみこと)に会った時だ。櫛魂衆を率いるうら若き覡の化身は手の甲にあり、彼に取材を申し入れた時に、いとも簡単に目にすることが出来た。
そのどちらの化身も、人ならざるものの手の入った美しさを感じた。彼らは選ばれているのだ、ということを改めて理解した。写真や映像越しではなく、実際に化身を見れば分かるのだ。あれは、そういうものだった。
かつて化身を偽り覡として舞奏社に入り込んだノノウは、末代まで呪われたと言い伝えられている。今でもそのノノウがカミに赦されることはなく、化生の身に堕ちたという。その噂がただの噂だと言い切れないほど、あれは冒しがたいものだった。
なので、今の押崎は化身が才の証だと信じている。あれは、本当に特別な人間にのみ与えられるものなのだ。
ちなみに、三度目は皋所縁(さつきゆかり)の化身で、舞奏競の際に見た。舌というとても目立つ位置にある化身は、よく通る声を誇っているようにも見えた。バッシングに耐えられず表舞台から消えたのに、彼のいるべき場所はやはり光の当たる場所なのだろうと思わされた。
今盛り上がっている櫛魂・闇夜のリーダーの化身が共に目立つ場所にあることで、徐々に化身の存在は実在するものとして認知されていっているようだ。この所為で、舞奏社における化身偏重主義が加速するのではないか、という話もある。歴史ある舞奏社ほど化身にこだわり、技量を持ったノノウが沢山所属しているのにもかかわらず、舞奏競に参加しないことが多いのだ。
「じゃあ何? 今回の舞奏競は化身持ちが沢山いて、だから例年に無いくらい盛り上がってるってことか?」
押崎がそう言うと、惟光は興奮気味に言った。
「そうだよ。こんなことってもう無いかもしれないんだって」
「……そうかもな……」
押崎は想像する。本当に奇跡のようなものがあって、優れた覡の本願が成就する……ということはあるのだろうか?
それほどまでに、人々の歓心を得る舞奏が奉じられることはあるのだろうか?
もし今回の舞奏競でそれが見られる可能性があるとしたら、見てみたい
この感情が一観囃子(みはやし)としてのものなのか、一編集者としてのものなのかは定かじゃないが、舞奏というものの極北に、生きているうちに触れてみたい。
「やっぱり、なんか特集考えるか。新しいやつ。それに、今度あるおっきなイベントも取材行こう。んで、なんか載せよう」
押崎は、ぽつりとそう呟く。今回の舞奏競には可能性がある、と彼は誰に言うわけでもなく、小さく続けた。
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(テキストと同様の内容を画像化したものです)
著:斜線堂有紀
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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©神神化身/ⅡⅤ