その21 グレイシー柔術と古流柔術。(後半)
グレイシーの打撃のヘンチクリンな構えはその名残を感じさせてくれます。もっとも構えに名残が残っているだけで、実用の際には格闘技の使用法になっています。
格闘技の使用法をしたら武術は格闘技に勝てるはずがないのです。グレイシーは、最初は相手が知らなかったから、簡単に相手にタックルを決めることができた。相手がやり方を知ればタックルは決まらなくなるに決まっているのです。
それほど高度ではない立ち技は、たぶん……僕の妄想で暴走では……カーロスに教えた前田先生は、カーロスの才能と情熱を感じ取ったのではないかと。それで、ついつい教えてしまったのです、古流の打撃を。それでハッとしたんじゃないかと。こんな危ないのを教えてはいけないと……。それで少し構えを直したのではないだろうかと。
古流の柔術はもう少し手足を縮めて構えます。身体を圧縮してそこから威力を出すから構えは圧縮してある。それを緩めて、相手の膝を狙って横蹴りをして相手の打撃を殺し、相手が思わず後ろに下がったタイミングでタックルを決める。
後ろに下がりながらの攻撃は、前に出る攻撃よりもだいぶ威力が落ちます。普通の格闘技の選手だったら、出すことも難しいのです。普通の人だったら身体が竦んで動けない。カーロスに護身程度の内容を教えるならこれで充分過ぎる。優秀な選手なら後ろに下がりながらでも強烈な威力の打撃を打つことができる。タックルも切ることができる。でも、グレイシー柔術は元々そういった優秀な選手と闘う前提の内容で教えてはいない。これが僕の妄想で暴走です。
グレイシーの打撃はプロのレベルでは通用しないように最初からできている。初期のUFCでは優秀な格闘技のプロの選手でも、オクタゴンの中では素人に近かった。だからグレイシー柔術は充分に通用した。経験を積んで闘いの方式が分かれば、オクタゴンの中の優秀な選手が生まれる。そうなればグレイシー柔術は通用しなくなる。最初からそこまで教えていないのだから、そうなるんです。
自分の両脇を狙う打撃、そしてバットを振り廻すほどの威力がある両手。これを実際に使用するには、現代からは想像もつかない歩法が必要になります。武術の時代には女性でも一日40キロを簡単に徒歩で移動しました。女性は着物を着ていました。現代の歩き方では100メートルも歩かないで着物が乱れます。女性が着物を乱しながら一日40キロも歩いたとは到底考えられません。
現代とは全く別の歩き方を幼少の頃から誰もがやっていた時代。その歩き方を当たり前のように日々行った上で、鍛錬により更に磨きをかけた武術の歩法を持って、初めて武術の打撃は実用の技となるのです。
武術の打撃とは格闘技や武道とは全く違った考えもつかないようなものなのです。独自の歩法で一気に間合いを詰め、足は金的を蹴り、同時に両手で腕を殺しながら、敵の目や喉を狙います。両手と片足が同時に急所を狙う。これが武術の打撃です。だから教えなかったんだと思います。
グレイシーの打撃が古流柔術の打撃になったら……たぶん再びグレイシーは世界最強の格闘技になります。いやおそらくそんな危険な技は誰にも受け入れられない。そんな気もします。
柔術の打撃とは格闘技や武道とは全く違った発想から繰り出します。そのままで殴ることなどないのです、まず相手の攻撃を殺す。腕を刺すのです。側に在るものはどんな物でも使うのです。