その1 グレイシー柔術と古流柔術の最大の違いとは。(後半)
今から20年以上前、僕はサンフランシスコにいた。今では嘘のような話だけど、素手での何でもありの試合であるバーリ・トゥードをやるために……。ルールは素手で頭突きも肘打ちも踏みつけもあり。試合時間は無制限で、体重も無差別。そんなルールの試合が本当に20年と少し前にはあったのだ。
僕はその試合に向けて、グレイシー柔術を学ぶためにサンフランシスコにいた。何度もサンフランシスコへ行った。サンフランシスコではカーリー・グレイシーからグレイシー柔術を学んだ。当時はグレイシー柔術こそが世界最強といわれた格闘技だったのだ。もちろん僕もそう思っていた。
カーリーから新しい技を一つ学ぶ度に自信が増えた。「グレイシー柔術とは究極の護身術である」と師匠のカーリー・グレイシーが僕にそう聞かせてくれた。今の総合格闘技とグレイシー柔術は根本的に違う。そしてグレイシー柔術と古流柔術も根本的に違うものだ。
総合格闘技は総合的に技を駆使して闘う試合のことをいう。寝技と立ち技の有効かつ本当に危険な技を禁止にしたルールに則り試合を行う。さらに総合格闘技はプロとアマに分かれている。プロは観客を意識したルールがそこに加わり、アマは競技者を意識したルールが加わる。
グレイシー柔術は護身を基本としたものが本来のスタイル。僕がカーリー・グレイシーから学んだグレイシー柔術はブラジリアン柔術とはだいぶ違う。まず始めにスタンドアップをきちんと学ぶ。スタンドアップとは総合格闘技の打撃やタックルとは違うし、もちろん柔道でもない。護身術に特化したグレイシー柔術の基本がスタンドアップ。街中での護身で寝技は基本ないのだ。ここが現在いわれている、喧嘩の時に寝技なんかしないという言葉と重なる。
実は、グレイシー柔術の基本は寝技ではない。少なくとも僕がカーリー・グレイシーから学んだものは違う。護身とは基本はやられないこと。危ない目にあってから護身術を使うのではない。危ない目にあわないように危険な状況を知り、そこに至る前に回避するのがグレイシー柔術のスタンドアップの目的なのだ。本当に使わないようにするために本当に使える技術を学ぶ。だから、様々な状況や実際に起こりうる全ての状況を学び、そこからの回避方法をグレイシー柔術では最初に学ぶ。
胸ぐらを掴まれた時の回避のやり方、相手が殴ってきた時にはどうするのか、ヘッドロックをかけられたらどうするのか……。総合格闘技ではスタンド状態でヘッドロックはやらない。鍛えて技術を持った同士でそんな原始的な技はやらないのだ。
ところが、酔っ払い同士の喧嘩では結構そんなもみ合いが頻繁に起こる。むしろそういった状況がほとんどだったりする。街での喧嘩や護身ではプロの使うような技は基本出てこない。そもそもプロが街で喧嘩をしたら、それは喧嘩ではない。罪になってしまうのだ。
グレイシー柔術が教える護身術は、基本的に素人が仕掛けてくる技に対してのもの。そのほうが何倍も実用性がある。プロが使うような技を相手が出してきたら喧嘩をしないほうが良い。プロに喧嘩で勝つのはプロと同じか、それ以上の練習が必要なのだ。格闘技のプロ同士が街では喧嘩なんかしない。そういった状況の練習よりも頻繁に起こることを知ったほうが何倍も効率が良いのだ。
初期のグレイシー柔術は月謝が高かった。それは学びにくる生徒を選ぶためだったようだ。それはカーリー・グレイシーから聞かせてもらった話。カーリーは別にお金が欲しい訳ではなかった。だって、グレイシー一族は大金持ちなのだから。