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その1 グレイシー柔術と古流柔術の最大の違いとは。(後半)

 カーリーは余裕のあるお金持ちの大人だったのだ。そんなカーリーが熱くなって教えてくれたのがバーリ・トゥード。日本人がプロとして大舞台で試合をやる。そのためにグレイシー柔術が絶対に欠かせなくて日本から学びに来る。今考えればカーリーも嬉しかったのかもしれない。僕たちはサンフランシスコに行くたびに仲良くなり、寝る時間以外ずーっと一緒に過ごしてきた。

朝、アカデミーに行き午前中はずーっとカーリーがつきっきりでテクニックを教えてくれる。ビジネスの都合をやりくりして仲間が来てくれる。優秀なビジネスマンは時間のやりくりも上手だったりする。生活に余裕があるからこそ出来ることもある。


彼らは本気で僕を応援してくれた。本気で人を応援することも余裕がなければできないだろう。スパーリングは僕に合わせてみんなやってくれる。僕の体調に合わせてやってくれる。もちろん最初は本気で潰しに来る相手もいた。それでも本気でやりあい僕のことを認めてくれたら、本気で僕をサポートしてくれた。


カーリーが指示を出し、僕を中心に少人数で午前中の練習をする。それから皆でランチを食べて昼寝をし、夕方から夜遅くまでアカデミーに来た全員とスパーリングを中心にした練習をした。それから夕食をカーリーの家で家族と一緒に食べたり、時には生徒の皆と外食したりと、日本とは違った空気感がいつも漂っていた中で過ごした。


外国にいたからそう感じるのかとも思ったけど、リッチマンの集まりだったことも実は大きかった気がする。いつもカーリーと一緒に過ごし、練習の時はもちろんそれ以外の時間もいつもグレイシー柔術の話を僕に聞かせてくれた。ある日、カーリーがこんなことを教えてくれた。


「バーリ・トゥードは何でもありだと勘違いされている。本当は違うんだ。何でもありとは、グレイシー柔術と闘う相手にとってのことなんだ。バーリ・トゥードは護身と違う。街でバーリ・トゥードはやらない。バーリ・トゥードは漢(おとこ)と漢が闘う時の呼び名なんだ。相手は何でもやって良い。それでもグレイシー柔術は負けない。グレイシー柔術は相手が何をやって来てもグレイシー柔術のテクニックで綺麗に勝つ。相手がどんな技を使ってきても、タップさえさせれば余計なダメージを与えないで綺麗に勝てる。格好良いだろう? グレイシー柔術はそんなマジックができるんだよ」


カーリーがニコニコしながら聞かせてくれた。相手は何でもやっていい。何をやってきたとしてもグレイシー柔術で綺麗に勝つ。カーリーはUFC以前のブラジルの柔術とバーリ・トゥードでチャンピオンになった人だ。当時の話を聞くと現在とは隔世の感があるし、20年と少し前でも隔世の感があった。だけど、僕は昔の話が好きで格好良いって思った。


オクタゴンは相手が逃げられない。そういうふうに作られてある。金網で覆われているから外に逃げることができない。カーリーはリングでバーリ・トゥードをやっていた。そんなカーリーが笑いながら言った。


「護身術は自分が望んでない状況で使うことになる。だから本来は使わないように相手をコントロールするのが本当のやり方。護身術は逃げても良いんだよ。自分で望んでないんだから、逃げられるなら逃げても良い。だけど、バーリ・トゥードというのは自分が望んでやることなんだ。だから逃げるのは可笑しいだろ。漢と漢が正々堂々、11で勝負するのがバーリ・トゥードなんだから。お互いの学ぶ格闘技の全てを駆使して闘うんだ。そんな状況で逃げるのは馬鹿だろ。そんな状況でずるい事やるのも馬鹿なんだ。漢同士が誇りをかけてそれぞれの格闘技を背負って正々堂々と闘う。それがバーリ・トゥードなんだ。誇りをかけてるのに、ずるいことはしないだろ?」


そうなのだ! バーリ・トゥードは正々堂々やる漢同士の決闘なのだ。つまり格闘技の上級者がやる喧嘩なのかもしれない。護身術は喧嘩ではない。突然起こるアクシデントなのだ。アクシデントは処理するよりも回避するほうが正しかったりする。喧嘩は陰湿にやると後味が良くない。ブラジルでは後味が悪いと後から仕返しされたりする危険が大きい。その仕返しとは銃で撃たれることなのだ。